愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
茜の声は聞こえない。


「佐伯に手を出すなっ! いいか北脇……彼女に何かしたらお前はおしまいだ。憎いなら俺をやれ! 殴るなりなんなり好きにしろ。佐伯茜は無関係なんだ。絶対に傷つけんじゃねぇ!」 


太一郎は携帯を握り締め怒鳴った。

だが、北脇は余裕の声で太一郎に答える。


『覚えてるだろ、先輩? どうでもいい女を抱くときに使ってた豊島区のラブホテル。そこから割りと近いから、二十分もあったら来れるよな?』

「豊島区のドコだ! ホテルの名前を言えっ!」

『さあ、なんてったっけな? 部屋番号は二〇二だから。早く来ないと……最近の携帯って性能いいからねぇ。ああ、言わなくても知ってるか――藤原センパイ』


――電話はそのまま切れたのだった。


池袋は都内でも有数のラブホテル密集地だ。豊島区内のラブホテルなら、ざっと百件は超えるだろう。

太一郎の額から噴き出した汗は、顔の輪郭を伝って顎から滴り落ちる。


北脇は太一郎と違って頭がいい。両親を大事にしていて、父親のために太一郎の横暴に耐えたくらいだ。そんな奴が人生を棒に振るような、警察沙汰を起こすはずがない。

茜を使って、太一郎を罠に嵌めようとしている――そう考えるのが妥当だ。いや、そうに違いない。


(頼むから……そうであってくれ)


太一郎は強く念じると、心当たりの場所に向かって全力で走り出した。


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