愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
~*~*~*~*~


角を曲がった瞬間、太一郎の目に黒い塊が飛び込んで来た。

狭い路地に栓をするように停められた、真っ黒のメルセデスベンツCクラスである。フルスモークで見るからに怪しい車だ。

それが、太一郎たちの住むアパートの前に停まっていた。


太一郎の鼓動は瞬く間に激しく打ち始める。

彼が目を凝らしたそのとき、階段から人が下りて来た。その中に、ふたりの男に挟まれた奈那子の姿が見える。

太一郎は脊髄反射のように走り出していた。


「奈那子っ! お前ら何やってんだ!? 俺の女房を放せよっ!」

「あ……だめ、来ないでっ」


今にも泣きそうな奈那子の声を聞いた瞬間、太一郎は手近なひとりを殴り倒していた。

男は車に乗った運転手も含め四人。そのうちのひとりは、見たことがあるような比較的貧弱な三十代の男だ。奈那子の左右にいる男はどちらも二十代であろう。格闘家かボディガードのようにも見える、屈強な大男たちだった。

だが、体格だけなら太一郎も負けてはいない。

ひとり目を殴り倒して奈那子の手を取り、もうひとりと思ったとき――男の膝が太一郎の腹部に入っていた。

痛みと共に息が詰まる。

次の瞬間、男の拳が太一郎の顎を突き上げた。


< 92 / 240 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop