愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
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「太一郎さんにもしものことがあったら……わたし」

「大丈夫ですよ、奥さん。骨はやってないし、すぐに意識も戻りますよ」

「でも……」


「な、なこ? あの連中は……」


目が開くより先に、声が耳に入ってきた。

奈那子に大丈夫だと言ってやりたいが、どうもすぐには身体が動かず、声も出ない。

その間にもうひとりの声の主に見当がついた。しばらくして、重い瞼が開いたと同時に声が出たのだった。


「太一郎さん! よかった……よかった。ごめんなさい、わたしのせいで……本当にごめんなさい」

「お前、連れて行かれなかったのか? 伊丹さんが助けてくれたんですか?」


太一郎が目を覚ましたのは、病院ではなくアパートの部屋だった。

どうやら、布団の上に寝かされているらしい。涙をポロポロ流しながら覗き込んでいる奈那子の隣で、太一郎を見下ろしているのは元同僚・伊丹清であった。


あの「火事だ!」と言う声も伊丹のように思う。

太一郎がそのことを尋ねると「人が襲われてるから助けてくれ」と叫ぶと、警戒して誰も出て来ない可能性がある。火事なら逃げるか、火を消そうと考え、大概の人間が飛び出してくると答えた。


「さすがに人前で誘拐は不味いと思ったんだろうな。連中、ベンツに飛び乗って逃げてったぞ」


伊丹は無骨な手で頬を撫でながら笑う。

奈那子は笑う所ではなかったが……。太一郎の意識が戻りホッとしたのだろう、泣き笑いの顔を浮かべたのであった。


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