深淵に棲む魚
私が見たどの人間よりも幸せそうで、見ていると苦しくなった。
特に、微笑む女を見ていると、どろりとした感情が湧き上がった。
曲が終わると、女は尋ねた。
「地下の特設会場は見た?」
ジャランと弦を鳴らし「まだ」と男が短く応えた。
「行こうよ」と女が笑う。
二人は絡める様に手をつなぎ、地下特設会場へ向かった。
男の傍らで笑う女。
頭に血が上る。
胸の奥が貫かれるように痛む。
身近なものを全て壊したくなるような、ぐるぐると良く分からない感情が私を渦巻いた。
二人は指を絡ませたまま地下へ向かい、私は後をつけた。
絵の前で立ち止まった女が私の絵をおかしいと言った。
足が無いから人魚なのだと男が言った。
女と男の会話を聞いて、そう言えば自分は人魚だったと、あの日の私は気が付いたのだった。