深淵に棲む魚
そこだけ、扉が黒く炭化していた。
まだどことなく焦げ臭い気がするが、それはただの錯覚で、匂いは数十年の時の間に消失してしまっていた。
扉に手を掛け、覗ける程度に細くギィと開く。
焼け焦げて真っ黒な部屋が現れる。
窓ガラスが割れ落ちた高めの桟。
焼け残ったカーテンの切れ端が風に揺れていた。
ふと、桟に腰かけてギターを掻き鳴らす色白の男が映り、消えた。
細くて長くて、ちょっとだけ節ばった大きな手だった。