深淵に棲む魚


 男は『さあ』と短く応えた。

 すると女が口調を強める。



『おかしいわよ。だってここは人魚展よ。この絵は人魚と無関係だわ』

 男はじっと絵を眺め、絵の下方を節ばった指で指し示す。



『これ』『どれ?』と女が屈む。


『ほら、この着物の足の方。曖昧になってごまかされている。つまり、そこには足が無くて他のものが付いている。例えばこれは、芸者に化けた人魚の絵、じゃないかな』


 女は驚き『本当。全然気が付かなかったわ』と目を丸くした。

 色白の男は付け加える。


『それに、日本画にしては顔つきも妙だ』

『確かにそうね。日本人にしては彫が深すぎる。なるほど、人ではなくて人魚だからなのね』



 二人の幻影を振り払うように目を閉じた。

 そう。




 これは、私の絵。






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