深淵に棲む魚
小さな舟は、ゆっくりと川を流れ、去って行った。
その日から毎夜、月が使命を終えて色を薄める頃合いに、小さな屋形船は現れ、浮世離れした美しい烏帽子の男と儚い三味線の音を乗せて、濃い霧の中を進んで行った。
私は男と男の奏でる三味線に惹きつけられ、虜になっていた。
男が奏でるゆるりとした三味線の音を聞いていると、心清らかな人になれる気がした。
やがて、ぽつぽつと不思議な感情が湧き上がった。
懐かしいような哀しいような気持ちだった。
胸が締め付けられるような息苦しさがあった。
気が付けば月に照らされた男の柔らかな輪郭が頭から離れなくなっていた。