深淵に棲む魚


 パキパキした琴音。

 弦を滑る時のヒュン、ギュインと擦れる音。半音上がったり下がったりを繰り返す不安定な感じ。

 決して上手くはない男の三味線に私が惹きつけられたのは、男の弾く曲目のせいだった。



 いつかどこかで耳にした、この国の物ではないメロディー。




 和楽器が、海を越えた異国の音楽を奏でている。

 それは何とも不調和で、歪だった。



 それでいて私の心は微弱に震え、耳は勝手にその音色を捉えて放さないのだ。


 結局私は男の前にしゃがみ込み、胸元から足先まで伸びる邪魔なロングスカートを股の間に挟み込んだ。

 薄い布地が、バストとウエストのラインをくっきりなぞる。



 男は弦の張りを直す素振りをしながら、花壇の上で私の胸元をちらりと見下ろした。

 それから、何事も無かったかのように三味線を弾き始める。

 夏なのに真っ白な男の指は、意外にも細くしなやかだった。




< 7 / 161 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop