深淵に棲む魚
しばらくの間、私は男の音色に耳を傾けた。
近づきすぎたせいで、汗で濡れた男の黒いシャツが放つ、酷い湿気臭が鼻についた。
そのうちに日は暮れ、辺りの人影もまばらになって行く。
長い夏の夕刻がどっぷりと沈んで行く。
「君は三味線が好きなんだね」
そろそろと帰り支度を整え、立ち上がった男が私の頭上にねっとり甲高い声を落とした。
視線を受けた私も立ち上がり、男をじっと見つめる。
男は私より頭一つ分背が低かった。
男はたるんだ顎を幾分上げて、三味線の音色と同じ、歪な笑みを作った。