深淵に棲む魚


「僕はね、三味線一本で日本中を渡り歩いているんだ。やっぱりさ、君みたいな子には分かるんだね。僕の目指す音楽、つまり日本と世界の融合が。君は素晴らしいよ。他は馬鹿どもばっかだ。ま、まあ、僕ぐらいになると、そ、そういう奴らなんか、あ、相手にしないんだけどね」

 どもり始めた男の口調と共に、右目の瞼がひくひく痙攣し始める。

 男は「くそっ」と舌打ちをして強く目をこすった。


「そ、そうだ! ホテルに戻ればもう一本練習用の三味線があるんだよ。三味線は日本古来の伝統文化で最高峰のミュージックだよ。君、興味あるみたいだし、良かったら今から教えようか?」

 再び私を見つめた男の目は、ある種の濁った光を帯びていた。獣の目つきだった。




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