あの時とこれからの日常
「しるふが、立花がうちに来た時」

「…?」

海を見つめながら言葉をつむぐ海斗の横顔が、とても静かでしるふは思わず口を閉じる

「というか、立花が俺のふるいから落ちなかった時」

5年前の春の、あの光景がよみがえる

「あの時に立花を医者として育てようって決めた」

黒崎病院の跡取りである海斗を目の前にしても、目の色一つ変えず

刃向かい、食いついてくる彼女だったからこそ、そう決めた

さらさらと二人の間を風が抜けていく

「言っただろう、医者になるつもりもなかったし、医者を辞めることになんの迷いもなかったんだ、あの頃は」

それほどに、たぶん自分は嫌気がさして、絶望していたから

「でも、立花がただ患者を助けるためだけに腕を磨いて、患者のことを第一に考え続けてくれるなら、」

海斗の瞳はどこまでも澄んでいる

「患者のために泣いたり、怒ったりしてくれるなら、そのために俺が盾になることなんて痛くもかゆくもないんだ」
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