あの時とこれからの日常
「なんで」

幼稚な質問だな、と思いながらも口をついて出た言葉はそれだった

「早産しかかって運ばれてきたんだ。出血はひどいし、低位破水はあるし、子宮筋弛緩剤の効きは悪いし。産婦人科の奴ら真っ青だった」

そういう海斗も心配していたことがありありと伝わってくる

「…早産」

小さく口に出し、ああ、そうだ

と徐々に記憶がよみがえる

スーパーに行こうと思ってマンションを出たんだ

そこまではよかったんだけど、急に立っていられなくなって

周りにいた人が救急車呼んでくれて

あとはずっと遠い世界の出来事のようだ

担当医の美琴の指示を飛ばす声、看護師が走る足音

自分の荒い呼吸の音

腹部の痛みに少し意識が遠のきかけた時

勢いよくドアの開く音と鋭い、でも愛しい声を聞いたんだ

名を呼ばれて、海斗が来たからきっと大丈夫、そう思ったのを覚えている

その後はもうほとんど記憶にない

気が付いたら、ここにいて雪が降っていて、海斗が隣に居て

「…かいと」

呼びながらそっと手を伸ばし、海斗の頬に触れる



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