背龍綺譚(せりゅうきたん)改
砦は古井戸の蓋の隙間から中を覗く…。
「これ…昔からある井戸だったよね?」
パシャ…
水面を叩く様な音が聞こえた。
「何かいる…」
「まさか…もう…かなり使われていないはずだぞ」
仁龔も中を覗く。
「でも…これ…重そうだけど、勝手に開いて良いかな?」
上に置かれた龍の形をした重しを除けようと砦は触れる…。
(えっ…)
重しは触れた場所からサラサラと砂の様
に流れ消えた…
二人は顔を見合わせる。
仁龔が板を剥し、砦がギリギリまで身を乗り出し井戸を覗く。
「……いた!何か居るよ」
古井戸の水面をユラユラと泳ぐ…
「龍?」
「まさか…」
仁龔も井戸を見つめる。
ピカピカの白い鱗…
深緑掛かった背びれ…
本当に龍だと思ってしまった。
「鰻だ…」
「ウナギ?」
砦の蜻蛉が導いたもの…
それは古井戸の中にいた鰻だった。
「どうして?この子が呼んだの?」
「この子なんて言うなよ」
少し緊張した面持ちで仁龔が気を張り詰める。
「どうして?」
「龍になる位の力は備えてる…」
「鰻が龍に?」
「きっと…かなりの年月ここに居るな…」
仁龔は両手で円を作り、砦に覗く様に促す。
その中にだけ、違う景色が広がる…。
「これも龍の力なの?」
「いや…お前の虎目石が媒体になって、この古井戸の記憶を覗かせて貰ってる」
二人は古井戸の記憶を覗く。
井戸が出来たのは、この路地が一番活気付いていた頃だった。
音は聞こえないが今と違い明るくて賑やかな感じがする。
どうやら…
いずれ食べようと思う者が井戸の中に入れたのだろう。
「ずっと一匹だったんだ…」
「ああ…いつからか力を宿し、意識が芽生えた…それでも昇れなかった」
仁龔が両手を戻し、溜め息をつく。
「仁龔?」
「大丈夫だ…」
「でも…どうして…ずっと封印されてたの?龍になる…って位の力があるのに…」
「この井戸蓋だろうな…」
さっき取り除いた板を指差す。
「これ?」
「正確には、砂塵になって消えた重し…龍だ」
井戸枯れや、無事故の祈りを込めて蓋に描いたり、龍を模した細工を用いるらしい…。
「時は満ちたが、頭上の龍の封印を解く事が出来なかったんだ」
「それを…解いちゃったの?」
咄嗟だったとは言え…砂の様に流れ壊した龍型の重しを思い出した。
「いや、井戸の意思だろう。龍の力で龍の封印を解く事は出来ない…だから虎の威を持つ砦で龍の封印が解けた。
「大ママが言ってた事だね…」
砦は充の言っていた(龍の威)と(虎の威)を思い出していた。
「とにかく砦の蜻蛉と虎目石のおかげでだな…」
仁龔は背を向けて歩き出す。