背龍綺譚(せりゅうきたん)改
耳を塞ぎたくなる銅鑼の音が街に響くと、その間だけは街が静かになる。

2時になったのだろう。
この場所も慌ただしくなった気がする。
約束していた時間も2時である。

雑踏・香り・異国の言葉…そして銅鑼の音…
(アタシ前にも…こうして誰かを待った事がある…)
今よりも不安な気持ちで…
(あれはいつだったのだろう)と記憶を手
繰り寄せてみる。

(一度…駅まで戻ってみようかな…)
道すがら待ち合わせの場所が見つかるかもしれない。
そんな方向音痴特有のポジティブな考え
で、座っていた石段を降りる。

「砦?お前、砦か?」
不意に呼ばれた名前よりも、先に香る水
仙の香りに砦が振り返る。

「じん?」
黒い細身のスーツにネクタイ。
一見も二見も怖い人に見える男性…
砦の記憶の中にある(じん)とは別人だっ
たが、思わず名前を呼ぶ。

「やっと見つけた…なんだ?相変わらずその呼び方か?」
笑うと口角が上がり眉間のシワが薄くな
る。
その表情は、砦の知ってる仁龔(じんり
ゅ)で、砦は安心する。

「砦…」
仁龔は、昔の様に砦の頭を撫でながら笑う。

「相変わらず方向音痴か?」
からかう様に仁龔が笑う。

「とにかく、マダムの所へ…」

「うん…仁龔は…大人になったね…」
何か言い返さなければと考えた砦の言葉に、また口角を上げる。

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