背龍綺譚(せりゅうきたん)改
「何…する気なの?」
出会った頃の華奢な身体とは違い、男性の身体をした仁龔が砦に近づく。
突然の事に、壁に逃げる砦を充は黙認する。

「仁龔?」
砦を追い詰めシャツを脱ぎ捨て、砦に少し笑顔を見せると仁龔は背を向けて立つ。
その背中には、砦を睨み付ける龍がいた。

「……」
砦は何も言えずに龍を見ていた。

「まあ…無理もないだろう」
そう言う充は続ける。

「砦、この龍は生きているんだ…」

「生きてる?」
目線はそのままで龍を捉えた砦は答える。

「そう…仁龔の背中を飛び出して動く事が出来る…」

「砦の居場所を教えてくれたのも龍だよ」
長い黒髪を左肩に寄せ背中を見せつける仁龔が言う。

(あ…)
砦は声が出せずに背中の龍を見ている。

「覚えてるか?昼間…街で」
砦に背中を見せたまま続ける。

「…旗や…像で…たくさんの龍を見たよ…」

「ああ…この龍が砦を探し出した、それに従って俺が見つけたんだ」

(いいかい…)と前置きをした充が言う。
「私はこの街の小さな事件を虎の力を借りて解決して来たんだ…」

「虎?」

「龍が己が意思で仁龔の背中に移ったまでは良かった…」
溜息混じりに充が笑う。

「今までの虎の力が借りれなくなったんだ」
シャツを羽織りながら仁龔が代わりに続ける。

「虎?虎って…もしかして?!」
砦は充に、この街を離れる時に手渡された虎目石の存在を思い出し、
ポケットから虎目石を取り出す。

「持って来てくれたのかい?」
嬉しそうに充が言う。

「その石で手助けして欲しい」

「手助け?どうやって?」

充が何かを砦に投げ渡す。
それは、(シャラシャラ)と音を発て砦の手中に収まる。

砦は絹織の小袋を開き、中身を取り出す。

「これ…虎目石?」

「簡単な事さ…」
充がタバコを咥えると同時に、仁龔はライターを差し出し点火する。
(さすが…ホスト…)
感心してる場合ではないが、充は美味しそうに煙を吸い込む。

「これは、マダムの虎目石…だった…物なんだが…」

袖口のカフスを直しながら仁龔が続ける。
「俺に龍が宿った時、マダムが石の力で龍の意思を覗こうとした時に砕けた」
砦の掌で乱反射する虎目石の破片を伏せ
目がちに見つめる。

何代にも渡り、この街で稀縁(きえん)屋を続ける鼎野家。
龍虎の力を宿し、言葉を言わぬ物達の手助けをする事で、
街の厄を治めて来た。

龍の力を虎で… 虎の力で龍を覗く事は出来ない。
仁龔を使役する為に宿った龍の意思を覗こうとした充は虎目石(タイガー・アイ)を砕いた。
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