間接キス
 「奏太ってさ、余裕ないんだな、意外と。」
 「悪かったな。」

 晴香がどこか抜けていて、うっかりしている分、僕がしっかりしておきたいのだが、晴香のそれは予想の上を行くことが多い。なるべく表面に出さないようにと思っていたのだが、どうやら難しいということが分かってきた。

 「晴香ちゃんに聞いてみて、分かってなければ、教えてやれよ。」
 「そうだよな……間接キスとかそういうの、分かってないだろうな。」

 分かっていない、というか、楽器のことだと考え方が及ばないのかもしれない。なんだかんだで、泰一郎の方がいろんな面で上だ。落ち着いている。そう見えるだけかもしれないけれども。そして女子との付き合い方、距離の取り方がうまい。とりあえず帰りにでも聞くとするかな。

 「さ、戻るか。」
 「無理やり連れ出して悪かった。ありがとう。」
 「どういたしまして。というか、大変だな。」

 泰一郎は苦笑しながら、僕の背中をポンポンと叩いた。2年連続同じクラスで、僕の知らない晴香をいろいろ見ている。本人いわく、「全く嬉しくない偶然」だそうだ。「ほかの人にはすんなり伝わることなのに、晴香ちゃんだと5回に1回説明に倍ぐらいかかる」と言っていた。飲み込みが悪いというか、思考回路がおかしいところがあるらしい。なんとなく、分かるような、分からないような。

 音楽室に戻ると、これから移動という状態になっていた。急いで楽器を準備し、譜面と譜面台を抱えて、クラリネットパートに割り当てられた教室へ急いだ。泰一郎に聞いてもらったこともあり、パート練習中は曲の練習に集中することができた。

 「晴香ちゃんは指が回ってない、奏太くんは長い音の時音程が下がり気味。足して2で割るとちょうどよさそうなんだよね、毎度思うけど。」

 練習に集中はしていたが、中身はそれぞれ課題だらけであった。
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