【特別番外編】雨あがりのチューリップ
「……は?」
なにがなんだかわからない。
数年振りに会った恩田先生は、やっぱり俺には理解し難い人だ。
そんな顔色を読み取ったのか、恩田先生は言う。
「あの頃の真山先生は、生徒や教師――自分以外の人に、ある意味平等に接していたのがとても印象的でした」
「はぁ……」
そうだったか? 恩田先生と同じ学校だったのは新任のときだよな……そんな平等とか思われることした覚えもないけど。
「でも、真山先生?」
「? はい」
恩田先生の声色と表情が微妙にまた変化したのを感じ取ったと思ったら、彼は梨乃の方を見た。
「博愛主義は彼女によって変わったようですね」
「!」
「“あの”真山先生が……いえ。変な意味ではないですよ?」
――――梨乃が生徒だったってこと、知ってて言ってるな。
「別に、俺は俺のまま、特別変わっていませんけどね。恩田先生の記憶違いなのかもしれない。ああ、雨が少し降り出した――行こう。それじゃ、先生、またどこかで」
俺は矢継ぎ早に言葉を繋げて、梨乃の手を取る。
恩田先生とその彼女に背を向けて一歩踏み出した時に、パラパラという雨音に混じって聞こえてきた。
「あんなに饒舌に、長い言葉を言う真山先生は初めてみました」
――――やられた。
けど、俺はそのまま振り向かずに恩田先生と別れた。
少しして、雨はすぐにあがった。
雲間から覗く陽射しを眩しそうに目を細めて梨乃が俺を見上げる。
「……センセイ、あの恩田先生って人と仲悪い?」
「……別に。なんで?」
「うん……なんか、またいつか会えたらな、って」
「……ふーん」
「あ! ちょっと、妬きました?」
「いや? ただ、どうしてかと思っただけだ」
「――もう。……お礼も言いたいから」
「お礼?」
梨乃を見ながら歩いていたら、ところどころに咲いているチューリップがやけに目について、面白くない。
チューリップから、梨乃にまた視線を戻すと、なんだかちょっと嬉しそうに梨乃が俯いていた。
「――手。センセイから繋いで貰えたから」
そう言われて自分の手を見る。
小さい梨乃の手がすっぽり俺の手の中に収まってた。
まぁ……そうだな。
もし、また次に会う時には恩田先生の慌てるとこでも見せて貰おうか。
「あ。なにか考えてる」
「――――別に」
俺は軽く笑って、雨粒を輝かせて並ぶチューリップの中を梨乃とそのまま歩いて行った。
*おわり*