【特別番外編】雨あがりのチューリップ

◇梨乃side3◇


私たちが向かい合ってると、ふと、私の奥に視線が移った。
彼はそこに歩み寄り、私はその姿を目で追う。


「花、好きなんですか?」
「はい。どんなときも、心を癒し、和ませてくれます」


そう言ってその人が花壇の前でしゃがみこんだときに、ぽつっと頬に何かを感じた。
私は見上げて、手のひらを空に見せる。


「あ」


雨が降り出した時の足音には、我ながらすごく敏感。

この音――――。

私は雨粒を落とす空から顔をその音の鳴る方向へ向けた。


「――なにしてんだ」
「なに……って」


あきれ顔のセンセイの後ろに、綺麗な翡翠色のペンダントをした可愛らしい人がいて、そっちに視線がいってしまう。

その視線に気付いたセンセイが何か言おうと口を開けた時だった。


「――――千秋!」


え?

その声は、今まで一緒にいた、あの人の声だ。


「先生……なにしてるんですか」
「え? いえ、なにも――ああ、千秋。見て」


そう言ってその人は『千秋』という子に、花壇を見せる。


「とても綺麗に並んでますね。歌のままのチューリップだ」
「……」
「千秋?」


その人は雨が降り始めたにも関わらず、にこにことチューリップの話なんかするから。
だいたいはぐれてたんだから、もっと他に言うことがありそうなのに。

赤の他人の私ですら、その千秋ちゃんという子が膨れてるのがわかる。

でも、その変化にさすがにすぐ気付いたみたいで、女の子の顔を覗き込むように様子を窺ってる。


「――もう。携帯を預けたまま、私をほったらかして、チューリップですか?」
「いや、そういうわけでは……」
「うそ。わかってます。私を捜してる途中でたまたま見つけたんですよね? このチューリップ」


二人の会話を聞いて、どうやら大丈夫なようでホッとした。


「他人(ひと)のことより自分だろ」


背後に聞こえた声に、背筋が伸びる。

……ああ、そうだった。

恐る恐る振り向くと、小雨越しにいつもの表情(かお)したセンセイがいた。


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