発展途上の王国
「先生が風邪引いたのって、この原稿のせいですよね?」
櫻井さんが手にしている生原稿は、
夜空を実際に見ている錯覚を覚えるくらいに煌びやかでうつくしい。
本来ならギャグとかコメディーとか、
そんな作風に無縁そうな絵なのだけれど、
そのギャップが読者に受けているらしい。
「彼は昔からストイックでしたから。決めるとそこに突き進んじゃう。今回も主人公たちの気持ちを理解したいがために、冷房をつけなかったのかもしれないですね」
わたしに電話をかけてきたアシスタントのシマくん。
虫も殺せないくらいの温厚者なのだけれど、
そのシマくんが逃げ出すのだから、
よっぽど過酷な労働環境だったに違いない。
「じゃあ、私はこれで。先生に“お大事にどうぞ”とお伝えください。また連絡します」
櫻井さんは一旦編集部に戻ったあと、
<ハルヨシ先生>より手のかかる遅筆漫画家さんのもとにいくのだという。
櫻井さんは自称敏腕なようで、
何人かの漫画家さんをかけ持ちしているらしい。