幕末の神様〜日常録〜
平助の過去
譲は意味もなく廊下を歩いていると、縁側に腰をかけ、ぼんやりと空を眺めている平助を見つけた。
何を想っているのか、本当に呆然とただ一点、空を見つめていた。
「へい……」
声を掛けようとすると、ふと平助と目が合った。
その目はどこか虚ろで、いつもの元気な瞳はどこにもなかった。
どうしたのかと訊くことも気まずくて、譲は黙って平助の隣に腰を下ろし、平助から何か話してくれるのを待った。
「どうしたんだよ、いきなり」
平助が再び空を見上げながら、譲に喋りかける。
「ただ………なんとなく」
「何だよそれ」
ははっと平助が笑みを見せるが、それも一瞬。
何気ない会話が、この日はどうも思いつかなかった。
「俺……そんなに浮かない顔をしてるか」
平助のその問いを待ってましたとばかりに、譲はこくこくと頷いた。
あまりに肯定する譲に平助もうっと唸る。
「そ……そんなに元気なさそうだったか?俺」
「うん。すごく。どうかしたの?」
「まあな……。少し……昔のことを思い出しちまって」
「昔のこと?」
「ああ。そうだ。なんでだろうな。ふいに、こんな昔のことが思い出されるなんてよ」
苦笑しながら平助は、譲を見る。
「俺、ときどき思うんだ。あのとき、お前に逢えなかったら、俺はどうしていたんだろうって」
「平助………」
悲しげに名前を囁かれ、平助は慌てて笑顔を取り繕う。
「あー、何でこんな辛気臭い雰囲気になっちまったんだ!?やめだやめ。ははは…!」
そう言って平助は逃げるように、譲を縁側に残して自室に戻った。