神様修行はじめます! 其の三
掠れた涙声が聞こえた。


「雛型と、我ら端境の当主は、このすぐ先で結界に守られております」

「・・・え?」


雛型の居場所、教えてくれるの? ・・・誰?


見れば、その声の主はあの母親だった。


枯れること無く涙を流し、赤く腫れ上がってしまった目蓋の母親が、息子の頬を撫でながらあたし達に教えてくれる。


「この周囲の木々の紙垂を破れば、その結界も破れまする。どうぞ皆様の、お望みのままになさいませ」


青ざめた頬が、大量の涙で濡れ光っている。


座っているのもやっとの状態で、それでも細い指は飽くことなく、土気色の息子の頬を撫で続けている。


「お、お前!? 何を言っているのだ!?」

「我ら端境一族を裏切るつもりか!?」


術師の男達が口々に大声で叫びだして、あたしはオロオロと見守った。


せ、せっかく、このお母さんを守るために真相を隠していたのに。


あたし達に情報教えちゃったら、結局は裏切り者呼ばわりされちゃうよ。


協力してくれるのはもちろん嬉しいけど、でも、どうしよう・・・。


「千年・・・」


母親は息子の死に顔から目を離さず、独り言のような小さな声でぽつりと話す。


「千年、我らは、我らだけの夢の世界に留まり続けた」


つぅ・・・と、両の頬を透明な涙が伝う。


涙は顎の先からポタポタと雪解け水のように落ちて、色の褪せた古い着物を濡らした。


「そして現(うつつ)で、一番大切な物を失ってしまった」


クシャクシャに崩れる泣き顔。

震える唇が、悲壮な声を出す。


「もう・・・目覚めねばならぬ。それがどんなに辛くとも」

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