神様修行はじめます! 其の三
落ちる涙が、息子の顔を濡らした。

まるで息子自身が流せぬ涙を、代わりに母が流してあげているように。


その涙を、老いた母の指が拭う。

いくらでも落ちる涙が、息子の顔を洗っていく。

頬を、髪を、肩を、胸を。

母がその身を削って育て上げた、愛しき我が子の屍を。


もはや決して届かぬ愛を捧げ続ける老母の姿は、哀れにも厳粛さに満ちている。


端境の誰も責める言葉は無く、ただその姿を見守っていた。


凍雨君が印を組むと、キンッと冷たい風が吹いて頭上の木々の葉を揺らし、紙垂れの一部がパッと砕け散る。


これで結界は破られた。もう進むしかない。


留まる事はもうできない。前へ進まなければならないんだ。


―― チュッ、チュッ……

どこからか、小さな音が聞こえてくる。

なんの音かと思ったら、小さな女の子が、懸命に自分の指をしゃぶっている音だった。


なんだか今にも泣きそうな顔してるけど、ひょっとしてお腹が空いてるんじゃないかな?

あ、そうだ。


あたしは、その女の子の前にしゃがみ込んだ。

「ね、お腹空いてるの?」

「・・・・・・」


女の子は透き通った可愛い目で、あたしを見上げた。

母親らしき若い女性が、小さな体を急いで抱き寄せ、怯えた目であたしを見る。


「あの、よかったら、これどうぞ」

そう言ってあたしは、権田原で手渡された梅干おにぎりを差し出した。

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