蒼の光 × 紫の翼【完】



『おぬしは何を求める』

「は?」



勢いよく開けたドア。けれど、パタンとドアが閉まる音さえわたしには聞こえないほど、呆気にとられていた。


かっこよくドアを押したのは覚えてるよ、うん。

空なんか飛んじゃって。展開速いわーとか頭の片隅で思っていたわたし。

けれど、こんな事態は全然予想していなかった。




わたしの周りには4頭の龍が鎮座していた。

大きな龍。フリード並みだ。

青、水色、赤、緑の龍。青と水色の龍は寄り添っていることから、つがいかな?と思った。



大きな8つの目がわたしを見下ろす。



ここはどこかの草原。草花や木々が風に揺られ、満天の星空が不思議な色をして広がっていた。

わたしは湖の中央に立っている。

龍たちはわたしをぐるりと取り囲むようにして腰をおろしている。やっぱり沈まない。足の下を何か小さい魚が泳いで行った。



『おぬしは何を求める』

「何をって……」

『何を求める』



たぶん青色の龍が話しかけているんだろうけど、まったく意味が噛み合わない。



「……世界の平和?」

『なんで語尾上げるんだよ。そこははっきり言えよ』



多分赤い龍が話しかけているんだと思う。



「世界の平和」

『どんな世界の平和だ?』



後ろから声が聞こえていた。緑の龍の声らしい。



『平和と言っても様々だ。その人にとって平和でも、別の人にとっては地獄である可能性もある』



……それは、まさに今の現状のことを言っているのか。

あの紫姫にとっては望ましいことでも、他の人にとっては絶望。


それは、世界の破滅。




「世界の平和。誰のって聞かれたら、みんなの平和。迫害や偏見、争いのない世界」

『争いのない世界など在りはせぬ』



青い龍が鋭い瞳で言ってきた。



『どの世界にも憎しみや怒りは存在する。それらがない世界は、果たして平和と言いきれるか?』

『争いの後の和平。それもまた平和です。憎しみや怒りをただ一方的に取り払った場合、そこに残るものは平和と呼べるものでしょうか』



水色の龍に指摘された。

喧嘩の後の仲直り。戦争の後の条約と発展。



もし、憎しみや怒りがすべてなくなった場合、人間の心は劣化する。

感情豊かな人間と言えど、喜怒哀楽の怒と哀がなくなってしまうと、喜と楽だけになる。

そうすると、どうなるか。


無気力になるだけである。


苦しいことに堪えてこそ、価値がある。

仕事の後のひととき。勉強をした後の達成感。



……それを一番わかっているのはわたし自身じゃないの?



そんな想いがふと浮かんだとき、わたしはハッとした。



その変化に気づいた青い龍はその鋭い目から力を抜いた。



『おぬしの心の原点とはなんだ?』

「……ウサギの死」

『それは、おぬしが否定してきたものではないのか?』

「……」



確かにそうだ。わたしは哀しみを乗り越えてこそ、今があることを知っている。

じゃあ、平和って何?




『平和、隅々まで行き届いた和で平和だろ。和は和み。おまえはその和みにどんな貢献をした?というか、していたか?ただただ現状にしがみついているだけで精一杯だったよな?
紫姫のことを、おまえはどう解釈する?』



紫姫……哀れな姫。

でも、哀れなのは彼女だけだった?


リチリアは紫姫という存在で、昔大打撃と共に、心に深い傷を負った。

だから、能力者を嫌った。



……紫姫が存在する意味って何だろう?



丁重に扱わなければ、天罰が降るとされている紫姫。そんな壊れ物、さっさと壊しちゃえば良かったのに。

なんで続けさせるんだろう?

紫姫の周りには常に変化が生じる。

世界は変化し続ける。なら、紫姫っていう馬鹿げた伝統は、ここで断つべきじゃない?


そうすれば、ジークだって解放されるし、混沌の渦に巻き込まれてしまう人もいなくなる。


紫姫を造り上げたのは復讐という憎しみ。

その紫姫自体の存在を消しちゃえば、紫姫関係の憎しみや怨みはなくなるし、その後も続くことはないから一石二鳥じゃん。




『おぬしは何を求める』

「わたしは、紫姫の断絶」

『我らもそれに賛同しよう』




龍たちも同じことを思っていたんだな。


昔は昔、今は今。2つは違う。そのときに必要だったものは、今となってはいらないもの。


そのいらないものは、紫姫だ。




『我は水月(すいげつ)。水を司る者』

『わたしは優月(ゆうげつ)。癒しを司る者』

『俺は火月(かげつ)。炎を司る者』

『俺は風月(ふうげつ)。風を司る者』

「じゃあ、みなさんは力のもと……?」

『左様。神より創られし存在』




じゃあ、龍は神様じゃないんだ。星屑を作った龍は神だって言われているけど、真実じゃないんだね。




「あの、番人に言われたんですけど、ケヴィさんの命が短いって……」

『そうなんだよなー。俺としては悲しいに尽きるぜ。強い力の持ち主だからな。
だが、あいつは右耳に障害を持っているだろう?』

「はい……」

『それは脳の傷害からきている。つまり、脳がそのうちダメになるってことだ』

「そんな……どうにかならないんですか?」

『治癒の力を持ってしても、治すのは残念ながら不可能でしょう』




つまり、脳に障害があって耳が聞こえないの?

でも、普通に生活できているのに……




『あいつの脳は日に日にダメージを受けている。少しずつ、着実にな。もって後、1年ってところか?』

『そうです。早くて半年、遅くて2年でしょうか』




わたしは膝から崩れ落ちた。


そんな……そんなに短い一生になるなんて。

ケヴィさん自身も気がついていないのではないだろうか?

でも、もしかしたら異変は感じているのかもしれない。


三人で龍の星屑を寝転がって見た後、呼び掛けても反応をすぐに示さなかった。


そんな小さなところに危険なサインが潜んでいたのかもしれない。




『その障害は遺伝なんだよなー悲しいことに』

「……遺伝?親からなんですか?」

『そこからは俺が説明しよう』



風月が申し出てくれた。話し方からして、知的な感じだからみんなの中で説明とかの専門なのかもしれない。



風月の話はこうだ。




ケヴィさんの母親はヘレンさんのいとこ、つまり王族の血を引いている。

だから二人はなんとなく似ていたのだ。


しかし、母親には障害があった。盲目だったのだ。

母親は大人になるまで家族と暮らしていたが、王族の親戚だから英才教育は必須。

どんどんと才能を開花させていく兄弟。でも、盲目のせいもあってか、自分には才能が微塵もないのではないかという悩みを持ち始める。

そこはなんだか初代紫姫のララと重なるな、とわたしは思った。


そして、成人を迎えたと共に独り立ちをした彼女。

家族という箱にとうとう堪えられなくなってしまったのだ。

自由な翼を持った鳥は、危険を知らずに高く高く、遠くへと飛ぼうとしてしまった。


踏み入れてはいけない闇が、この世の中にはある。

光の当たらない街や人間。そんなところに彼女は捕まってしまった。


盲目だろうと、容姿端麗で気品のある鳥は愛でられる。

どろどろと欲にまみれた男どもに捕まってしまったのだ。


彼女は相手の心に敏感だったから、彼らに話しかけられてここがどういう場所なのか理解した。

が、時すでに遅し。


鳥は鳥籠の中へと押し入れられた。

身体も心もズタズタに引き裂かれていく毎日。

そんなある日、ひとりの男が彼女の希望の光となった。



その男は旅人で、しばらく彼女を護っていた。

男とその仲間、そして彼女。楽しい毎日があっという間に過ぎていく。

だが、悲劇は訪れた。彼女は彼が来る前から身籠っていたのだ。


彼女は彼らの反対を押しきって子供を産んだ。彼女の瞳は青。けれど、子供の瞳は赤だった。

見えない彼女にとって、容姿は重要な意味を示すとは知らなかった。


彼女と彼は愛し合っていた。しかし、彼の瞳は緑。赤とは相容れない色だ。

子供がいずれ成長すれば、本当の父親ではない、そして誰の子供かもわからないということを知ることになる。


そのときの絶望感をこの子供に与えるのか?と彼は彼女に問う。

彼女自身も、盲目の自分は果たして本当にこの両親の子供なのか?と閉じ籠ったことがある。


その想いを我が子に味わわせるのか……



彼女は身を切る想いで決心した。


我が子だからこそ、置いていく。


その選択が合っていたのか間違っていたのか、それは誰にも判断できないし、してもいけない。




そして、ケヴィさんは孤児となり、頭に出逢い、わたしと出逢ったのだ。



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