蒼の光 × 紫の翼【完】
『彼女は野蛮なやつらに男の目を盗んで接触され、暴行を受けた。小僧も同様にな。男が帰って来たときには、彼女は虫の息だった』
「それで離れることを決心した……と」
だからあの映像のとき、痣があったんだ。
『小僧はもともと賢かったのだろう。ひとりでも生き伸び今に至る』
「原因は悲しいことだけれど、わたしとケヴィさんはその悲劇がなければ出逢っていなかった……」
『よくわかってんじゃねぇか。だからよ、そう簡単には憎しみや怒りは切り離せねぇ』
火月がそう言ったとき、湖からぼこぼこと泡が弾ける音がした。
「な、なに?」
『お出ましだな』
「え、誰が?」
やがて泡が止み、もこもこと水が膨らんでバシャーンッと弾けた。
濡れない水が辺りに飛び散る。
『いやー、お見事お見事。試した甲斐があったってもんだよ』
派手な登場にしては、意外と小さな影が現れた。
……ペンギン?
『あ、今僕のこと見下したでしょー。小さいとか思ったでしょー』
「見下してはいないけど、かわいいなとは思ったけど……」
『正直だから許しちゃおうかな。僕には定まった実体がないからさー。いろいろ迷うんだよねー。ペンギンにしといてよかった』
「あの、どなたですか……?」
『え、嘘、もう忘れちゃったの?フリードだよフリード』
「ええっ!!フリードなの?」
『フリード改め神ですよろしくー』
「ああ、はい、よろし……か、神?!」
『おおっ!いい反応だねー。新鮮だねえー』
『……フリード様。なぜこちらにいらしたのですか』
『ああ、そうそう。カノンに教えたいことがあってさー』
神ってこんなに軽いのか?!
水月に指摘されるまで延々としゃべるし。
……なんか、神へのイメージが180度変わった。
それにペンギンだし。
『カノンの居場所がバレて、クソババアが好き勝手してるよ』
「え、もう?!それでわたしって今どこにいるんですか?」
『君の中で言う地下だね。城じゃ危ないからそっちに移したみたい。君の侍女が護衛についてるけどクソババアには太刀打ちできないねー』
「い、急がないと……」
『いい?島をぶっ壊すんだよ?鍵を使わなくても方法はいろいろあるし。だから潜入しようとしなくても平気だからね』
「へ……?」
『つーまーりー、外からありったけの力を当てればぶっ壊れるの』
フリードなペンギンはぴょんぴょんと跳ねて声を上げる。
……かわいいなぁ……じゃなくってっ!
『自爆させてもいいんだよ別に。でもさ、光線を逆流させるだけだから、どちらにしても世界は破滅しちゃうんだよねー』
「ちょっとフリード!自分で造らせたのにそんな言い方……」
『勘違いしてもらっちゃ困るんだよねぇ』
ペンギンは急に大人しくなると、声色を変えて睨み付けてきた。
……腕なんて組んでるし……じゃなくってっ!そんな温厚なこと考えてる場合じゃないよ!
『僕はあくまで設計図を渡したに過ぎないんだよ。そこから改良をするかそのまま造るかは技術者にかかってる。その技術者がこの現状を招いたのさ。僕だってこうなることは望んではいなかったよ。
だけど、人間のいく末を見てみたかったから放置していたってわけ。神は見守る存在であって、強要はしないんだよねー』
最後は口調を軽くしたけど、神は内心お怒りなのかもしれない。
「じゃあ、なんでジークをあんな格好に……」
『それは自業自得さ。僕はちゃんと教えてあげたのに忘れてるんだもん』
「どんなことを言ったの……?」
『もし万が一の場合が起こったら、全身全霊で責めるからって。ちゃんと前置きをしたんだよ?なのに当時の彼は復讐心にまみれて過ぎていたから聞き逃したの!だから僕一個人だけが悪いわけじゃないからねー。
そこ勘違いしないで?』
「……」
神は説明書を与えただけだったけど、使う本人がそれをよく読みもせずに進めちゃって間違えちゃったということなのか。
どっちも悪いしどっちも悪くない。
よく読め、と言わなかった神も悪いし、よく読もうとしなかった人間も悪い。
だからどちらも責められない。責める理由がない。
『さあ、急ごうか。盗られる前に。今度はパクッと食べないから安心してね?』
「じゃあ、どうやって行くんですか」
『この湖の底に扉があるから、そこから行ってねー』
「またドア……」
『今度は本物だから大丈夫大丈夫。さっきは悪かったって』
ドアに対するトラウマが出来つつあるわたし。
……なんか、もう、はあ。
『じゃじゃーん!君にはプレゼントをあげよう』
「な、何?!」
湖に片足を沈めていたわたしにいきなりペンギンが突っ込んで来た。
腹這いになってスケートのごとくツツーッと……
そしてわたしの背中に体当たりをくらわせた。
「ぐはっ!」
『これで君は望めば飛べるからね。さっき使った翼がまた出るから。
あそこはいろいろなのがごちゃ混ぜだったから何でもありだったけど、今度はそうはいかないからねー』
「ご、ご親切に、ど、どうも……」
『いやー礼には及ばないよー』
背中、けっこう痛いんですけれども……
痣出来てるって絶対。くちばしが刺さらなかったのが幸いだ。
「あ、ひとつ聞きたいんですけど」
『ん?』
「紫姫の絵巻を描いたのは誰ですか?」
『ふふん、気になる?』
「は、はい」
『初代紫姫本人だよ』
「え?本人がですか?それならあの男が処刑されるのをもともと知っていたってこと……?」
『彼女は予知が少しできたんだ。その力で被害を最小限に食い止めたと言ってもいいね。男たちがいつ責めて来るのかーとかを教えてあげたんだ。
そして、自分を人柱にして、光線じゃなくて生命をそっくりそのまま元の人に返したのさ』
「そんなことが可能なんですね……」
『紫姫だからこそかな。紫姫にしかできない特権もあるんだよ。
さあ行った行った。向こうは頼んだよー』
「うん。頑張って来る!
……もう、みんなとは会えないの?」
『原則会えないね。まあ、たぶん会うことになるだろうけどね』
「え……?」
『紫姫の断絶。頑張ってね!じゃあねー』
「え、うわ、ちょっ……と……」
フリードがわたしの身体のあちこちを押し込むものだから、ドプンッと水に身体が沈み落ちていく。
……よし、頑張ろう。
わたしは底にあるドアを見据え、みんなを案じた。
みんな、待っててね。どうか、まだ死んでませんように……