蒼の光 × 紫の翼【完】
「よし、充電完了だな」
「……は?じゅ、充電ですか?」
「……今はあいつのことは気にするな。それは今はいらない情報だ。すべてが終わった後に考えろ」
「でも……」
「今敵に見つかったらどう思われる?標的が二人もいるから運が良いとか思われるぞ?襲われるな確実に。
早くここから離れるぞ」
「……はい」
いくら敵が少ないからと言って、どこで何をしているかはわからない。
もしかしたらわたしたちをどこかで見ているのかもしれない。
「……そう言えば、おまえなんでひとりなんだ?リリーがついていただろう」
「それはこっちの台詞です!なんで王子がひとりで消火活動なんてしてるんですか!」
「俺の質問に先に答えろ……」
わたしは仕方なく今までの経緯を説明した。
さすがにグリフォンのところになると驚いていたけど、口を挟まずに聞いてくれた。
目が覚めてここまで飛んできたということを話した。
寝ているときの内容は長いし複雑だから言わないでおいた。
「……というわけです。で、カイルさんはどうしてひとりなんですか?」
「……ちっ」
「……なっ!ちょ、カイルさん人の話をんーーーーー!」
質問をしたらカイルさんが舌打ちをしたので抗議をすれば、腕を引かれて口を塞がれ、家の影に連れ込まれた。
「……静かにしろ。敵兵がいる」
「?!」
家と家の間の細い路地にいるわたしたち。
さっきまでいたところがここから少しだけ見える。
凝視していたら馬の足が見え、黒い軍服を着た男二人が見えて来た。
炎のバチバチと弾ける音で何を話しているのかは聞こえない。
でも大方、消火されて間もない感じだから誰かがいたと思っているのだろう。
さっきの水の柱を見てここに駆けつけたのかもしれない。
しばらくぐるぐると噴水のまわりを巡回してから去って行った。
でもカイルさんが口から手を離してくれないからペチペチと腕を叩いてみる。
でも離してくれない。
不思議に思って唸ろうとしたとき、視界が真っ暗になった。
カイルさんが上着を腕で広げて、わたしと自分をすっぽりと覆ったのだ。
と、熱風と共に爆発音がわたしたちを襲ってきた。
カイルさんの服にしがみついて堪える。
熱風が止んだころに、カイルさんはわたしを解放した。
噴水らへんのところを見てみる。
すると、噴水は止まっていた。
「え、どうして?」
「やつらは見たところ風と炎の使い手だった。そして階級は恐らく上層部だろう。
そこから推測して、力は強い方だ。殺気が下っぱと桁違いだったから俺は早く気づくことができた。
そして、そこにさっきまでいた俺たちを探した後、一足遅かったことに気づいて憤慨。
憂さ晴らしに二度と噴水を使って消火できないように、噴水口を力で塞いだってところだな」
「……それだけで、あんな爆風とか、音とか」
「まだ近くにいるかもしれない俺たちに対する見せしめだろうな」
「……これが、戦争」
「……夜が明ければまた激しさが戻って来る」
朝になればまた再開されて、血が流れ命が落とされる。
しかも力で、だ。
風でズタズタに引き裂かれるかもしれない。
水で窒息死するかもしれない。
炎で骨の髄まで焼かれるかもしれない。
はたまた、鋭い剣でその心臓を貫かれるかもしれない。
戦争とは生と死の境界線。強い者が勝利し、弱い者は敗北する。
まさに、表裏一体な栄光と惨劇。
それが、戦争……
「場所を変える。皆の元に戻るぞ」
「……はい」
みんながいるところとは、地下通路らしい。
マンホールみたいな鉄鋼の板を持ち上げて下に降りれば、もうそこは地下通路。
わりと暖かいのだそうだ。
食糧や水、毛布などはすでに運び終えている。
地下通路はセンタルの下に張り巡らされていて、はぐれてもそこで落ち合うことになっているらしい。
コツコツと響く靴音。ピチョンと水が滴り落ちる音。
そして、松明のゆらゆらと揺れる炎。
地下通路に降りてから数十分、歩きっぱなしだ。
……いつ着くの?
無言でついて行っているけど、とうとうわたしは聞いてみる。
「あの……まだですか?」
あの……まだですか……あの……ま……すか……すか……すか……
こだまー!こだまが響いてるよ。
前を歩いているカイルさんはわたしの言葉でピタッと止まって横目で冷たく睨み付けてきた。
ひいっ!怖い……
そんなカイルさんはわたしに手招きをした。
あ、近う寄れってやつ?というかただ単にうるさい黙れって起こられるのかな……
そろりそろりと隣に並ぶ。
「もっとボリューム落とせ。敵がここに潜入してきているかもしれないんだぞ」
「す、すみません……」
顔を寄せてこそこそと話しながら歩き出す。
「皆がいる部屋はあと少しだ。皆と言っても、民はいない」
「へ、いないんですか?」
「シヴィックに移ってもらった」
「……ああ。シルヴィの国ですね」
「そうだ。協力してくれたんだ。戦争で犠牲はなるべく出したくないからな、王族、軍師、兵士しかセンタルには残っていない。他の地域の民は外出禁止又はシヴィックに移る手筈になっている」
「……」
なんか、壮絶……家を捨てて逃げないといけないなんて、わたしだったら嫌だな。
「……それで、カイルさんはなんでひとりだったんですか?」
「……」
「あのぉ……」
「……目の前で仲間が殺されたら、おまえならどうする?」
「……え」
「俺の目の前で兵士が射(う)たれた。矢で一瞬にしてな。俺は治癒が使えるから治療はできたんだ。だが、そこに置いて行った。見捨てたんだ。そのときは生きていたのにな……
さらに、力で敵を殺した。戦争ならば避けられないことだとはわかっている。わかっているが……自分が許せない」
「カイルさん……」
「この手は護るために働いているが、働けば働くほど、罪で染められていく。
だんだん、自分は護るために殺るのか罪を犯すために殺るのかわからなくなったんだ。
あんな状況では感情は捨てろと言われているが、実際は無理だな……」
こんな弱々しいカイルさんは初めて見た。
ぽつぽつと話すカイルさん。だんだんとその顔からは覇気が抜けていく。
「それで、自分は善人なんだと思わせるために消火をしていたんですよね?」
「……ああ」
「しかもひとりで。誰にも弱気な自分を見られたくなかったから」
「……」
わたしは今まで、ひとりでなんでもこなそうとしてきた。
猪突猛進だって例外ではない。
誰かに頼る前に自分でなんとかしようとする。
自分は強いんだと錯覚させる。周りにも、己にも。
でも、所詮それは見かけだけであり、ひとりぼっちでも平気な人はいないだろう。
たまには誰かに甘えたくなる。頼りたくなる。相談したくなる。
人間は弱い生き物だ。集団の中でしか自分を見いだせない。誰かに指摘されてこそ、自分の悪いところや良いところを発見できるというものだ。
だから、強がらなくてもいいんですよ。
「わたしだって、向こうの世界の友達にすら話していなかった過去がありました。自分の弱みを見せたくなかったから。
でも、ケヴィさんに話したら、心のわだかまりが嘘のようにスッと洗われていったんです。そして、向き合えるようになれました。
カイルさんは、どうですか?自分の弱みをちょびっとだけ見せてくれましたけど、何か感じましたか?」
「……感じなかったと言えば、嘘になる。自分は今まで何をしていたのかわからなくなっていたんだ。
だが、改めて護るべきものの存在を再確認できた。俺が護るべきものは、民と……おまえだ」
「……」
「俺はいずれ王になる。だから他人に弱みを見せてはいけないと勝手に蓋をしていたんだ。
決して漏れないように、キツくな。俺はただの人間だ。血筋がいいとかなんとか言うが、そもそも血筋がいいとは何を基準にしているんだろうな。
強さか?偉大さか?畏敬を感じるからか?どれも当たっていて違うと俺は思う」
「……じゃあ、なんですか?」
「それは俺にもわからない。王は王であり、神ではない。なんでもできはしないんだ。
おまえだって紫姫と恐れられるが、ただの人間だ。力があることとなんでもできることは同じこととは言えない。泣き虫だがよく笑うし、よく食べるしよくしゃべる。普通の女だ」
「……なんか、カイルさんが女って言うと意味がいやらしいです。それによく食べるは余計です」
「人がせっかく褒めているのにそんなこと言うのかよっ」
「痛い……もう、大声出せないことを良いことに……」
でこぴんがわたしのおでこに炸裂。
だから痛いんですってば……
わたしが擦(さす)っていると、カイルさんがでこぴんをした手で上から撫でてきた。
わたしの手ごとおでこが覆われる。
そして、その手はだんだんとわたしの顔を撫でていき頬に添えられた。
「悪かったな。弱い俺を見せちまって。責任取れよ」
「なっ……それを無責任だって言うんです……」
「ははっ。そうだな」
それに……今とても恥ずかしいんですけど。
カイルさんの優しく笑っている顔が目と鼻の先にある。
今にも、触れてしまいそうな……
「くそ……そんな目で見るな……」
「え?」
「抑えられなくなる」
「何を、ですか?」
「鈍感なおまえには理解できないだろうな」
「だから、何を……っ!」
熱い光が瞳に宿ったかと思ったら、顔が近づいてきて唇が塞がれた。
反射的に目を閉じるわたし。
でも、それは一瞬。
ふっと吐息が鼻にかかったと思ったら、思いっきり髪をぐしゃぐしゃに掻き乱された。
「ああ、だから抑えられなくなるって言っただろ。それにおまえ……」
「ぎゃー言わないでくださいその先を……」
わたしは髪を整えながら背中を向ける。
そうです。今のがファ、ファーストキスです。何が悪いんですか!なんで笑うんですか!
ある程度髪を整えたら、顔を両手で隠す。
今絶対赤いから……
「やはりな。だから何に対してもわからないし、ウブな反応しかできないんだな」
「ううう……」
「だが、受け入れたということは、そう言うことか?」
「自意識過剰の変態……」
「ん?何か言ったか?」
「ひいっ……」
いきなり耳をくすぐるような甘い声が聞こえてきたから、肩をすくめてしまった。
さ、さっきのは不意討ちで……その……ええと……
「何をぶつぶつと悶えているんだ。さっさと行くぞ」
「……カイルさんは、わたしをどう思ってるんですか?」
「……いきなり直球な質問をするんだな。しかも自分がされたら一番辛辣な質問を」
「ぐっ……」
「……俺とおまえを天秤にかけたら、おまえの方が沈む。そんな感じだ」
「……そ、それって……」
「……さっさと行くぞ」
歩き出したカイルさんの耳は赤くなっていた。
失礼ですね、わたしの方が軽いです、と茶化そうと一瞬思ったわたしだけれど、やめておいた。
だって、それって……
わたしの方が自分の命よりも重いってことであり、わたしが一番大切だっていうことですよね。
ね?カイルさん?────────