蒼の光 × 紫の翼【完】
「あっ!あそこに下ろして」
『御意』
ブリザードの中でちらっと見えた男女。
たぶんセレスさんとヘレンさんだ。
「セレスさん!ヘレンさん!」
わたしはコナーから下りながら呼び掛けた。
「あら!カノンちゃん。どうやってここまで……ってグリフォン?」
「カノンちゃん久しぶりだね。そのグリフォンは君のかい?」
「まあ、そうですね……友達です」
「友達か。たくましい友達がいて羨ましいよ」
「ははは……」
セレスさんの能天気な回答に思わず苦笑してしまった。
「それで、島の様子は……」
「あそこにあるわ。もう不気味ったらありゃしないのよ。佇むってこういうことを言っているのね」
「うわ……」
ヘレンさんが指差した方向には、あの絵巻通りの島が浮かんでいた。
動かない大きな岩。
そんなふうに見える。浮かんでいるのにブリザードにも揺れない。本当にあんなところに人がいるのだろうか。
「……何をする気だ」
「え?……あっ」
セレスさんが呟いたとき、島から突風が放たれた。
雲が、雪が、木が、風が……
いろいろなものがその突風に吹きさらされる。
無論、わたしたちにもその突風は襲ってきた。
……でも、まったく身体に当たらない。
なぜならセレスさんとヘレンさんが、水のぶ厚い壁を作ってくれたからだ。
「ありがとうございます」
「いや、その言葉はまだ早いね。余波が来る……!」
「ああ、もう!なんでこんなに強いのよ!山がなくなってしまうわ!」
ヘレンさんの言葉通り、大木が1本頭上を通過していった。
衝撃波が向こうの山から反射して、また襲ってきたのだ。
やまびこの原理……ここは山で囲まれているから風が四方八方から吹き荒れる。
わたしたちは壁だけでは防ぎきれなくなり、水の箱の中で堪える。
雪が舞い散り木は根こそぎ引っこ抜かれ、雲までも飛ばされる。
風と風がまたぶつかり合い、新しい衝撃波を生み出す。
……今、何か動物が風によって、宙にかき混ぜられているのがちらりと見えた気がした。
わたしはしばらくコナーにしがみついていた。
見たくない。動物たちが飛んでいくのなんて……
……余波が止んだ。
固く閉じていた瞼を開く。
わたしは目を開けたことを後悔した。
……山が、山脈が、ない。
雲もない。雪もない。木もところどころないところがある。
ブリザードが止んだおかげで、街が見えるようになっていた。
けれど、家は散々な状態だった。
屋根も、扉も、窓も、何もかもが吹き飛ばされた家。辛うじて壁が残っている程度だ。
ところどころで水の箱状の壁があることから、敵も味方も風に飛ばされずに済んだようだ。
わたしたちは呆然としてその変わりきった光景を見ていたが、太陽の光が何かに遮られ街に影が落ちた。
「あっ……島がいつの間にあんなところに」
「……何もここまでする必要はないだろう。首都がやられては国はもたない。
そもそも、アレは何をしようとしているのだ?」
「……この世界の破滅……」
「カノンちゃん!それはつまり……」
「ここが首都だろうが、人間や動物がいようが関係ないんです。どうせすべてを消滅させるんですから」
「……つまりだ、アレは全人類にとって敵なんだね?」
「そうです。だからこんな戦争している場合じゃないんですよ!」
「あっ!カノンちゃん!どこに行くつもりなの?」
「みなさんのところに戻ります!護らないと……防がないと……わたしがすべてを終わらせるんですから……」
「早まるんじゃない、カノンちゃん!そんなひとりで突撃したって……」
「わたしは考えるのが嫌いな猪突猛進型です。止めても無駄ですからっ!」
わたしはコナーの背に跨がって街に戻るために飛びだった。
雲も雪も山もないから熱く感じる。
あの衝撃波のせいで気候がかなり変化してしまったようだ。
もう、二度ともとには戻れないだろう。
地形も変わってしまったのでは、成す術がない。
「カイルさん……ケヴィさん……アルさん……わたしは……この命を使ってでも、この世界を護ります。だから、手遅れにならないで……!」
紫姫の歴史に、このわたしが終止符を打つんだから!
『姫、どうする』
「どうしよう……飛び出したはいいけど何も考えてなかった……」
『人間はまた戦い始めている』
「まったく……そんなことしている場合じゃないのに……人殺しなんてやめて、島をぶっ壊すのを手伝ってほしいんだけど……
そうだ、紫姫のわたしがいれば手を出すことはできないはず」
『姫、決断を』
「コナーはみんなを集めて待機していて」
『御意。我らは姫と共に……』
コナーはわたしを街に下ろして飛び立った。
……さて、うまくいくかはわからないけど、やるしかないか。本当は人前に出るのは苦手なんだけどね。
わたしは怒声や罵声、金属音や悲鳴が飛び交う方向へと歩き出す。
上から見てはいたけど、小さくてよく見えなかった惨劇。
今度は、目の前で目にしないといけない。
……深呼吸だ。吸って……吐いて……吸って……吐いて……
わたしは紫姫。柵(しがらみ)から哀れな末裔を解き放つべく、いざ参らん─────