蒼の光 × 紫の翼【完】



───あいつが飛び立った後、すぐにリチリアのやつらが攻めて来た。

ブリザードのせいで視界が悪く、視野も狭い。



ゴーグルにこびりついた雪を指で拭う。


どちらも不利な状況下だが、消えることを知らない殺気を感じる。

……敵からも、味方からも。



俺とアルバートはケヴィのサポートにまわる。ケヴィの力には侮れない可能性が秘めているはずだからだ。

恐らく、本気を出せばこの街もタダでは済まないだろう。それほど不安定な強大な力をケヴィは持っている。訓練生のとき、度々それで問題を起こしていた。

さらに、しばらく本領発揮した自分の力を把握できていないに違いない。


……諸刃の剣、と言ったところか。




「くそっ!キリがないな」

「確かに、向こうの方が人数は多いだろう。しかし、戦力は互角だ」

「互角どころか、こっちの方が上なんじゃない?」

「いや、まだ強いやつらは影を潜めている。下っぱを使い、俺たちの体力の消費を狙っているという魂胆が見え見えだ」

「だが、俺も久しぶりの解放だからな。まだうまくコントロールできていない。良い肩慣らしになる」

「……」




ケヴィはそんなことを言っているが、誰もが気づいているし、心がけていることがある。


……なるべく、殺らないこと。


致命傷は避け、命まではとらない。情はかけたくなるものだ。

しかし、避けられない死もある。生きる気力を失っている者や、自害する者。痛みに堪えられずに……

生きたいという意志がある者は、浅い息を繰り返しながらも、道端で危ない域を右往左往している。



……だが、向こうは死に物狂いで迫って来る。こちらは先日の戦闘で数十人の命が落とされた。


まさに、リチリアは力任せの戦闘だ。


剣を使わず、体力の節約もせず、その身が朽ち果てるまで力を放つ。


力は使い過ぎると主の身体を蝕む。


体力を奪い、身体の神経を壊し、精神までもを破壊する。


つまり、力の暴走。


俺たちは力に頼った生活を送っているが、無理はしない。協力し合い、休憩をとり、力に身体をもっていかれないように心がけている。

だが、力はリミッターを外せばたちまち猛威を奮うことのできる、強さのパロメーターだ。

戦闘になれば、その強さを必然的に見せつけなければならなくなる。


……そのリミッターが解除されたとき、待っているのは絶望か、はたまた────




「……そろそろお出ましか?」

「だな」

「だね」





俺たちは周りを見渡す。

敵はその数を減らしていき、ゆとりができた。


……殺気の、ゆとりが。


しかし、まだ残っている。数が減っただけであって、薄くなったわけではない。

まだ親玉が登場していない。



しばらく周囲に神経を巡らせていると、突如後ろから殺気を感じた。


───ヒュンッ!!!


俺たちはその鋭利な物体に対し、それぞれ避ける。




「お見事。ただ仲良く固まっていたわけではなさそうだ」

「……ラセス殿」

「カイル殿、この戦争に意味があると思うか?」

「……なんだと?」

「俺は少なくとも、意味はないとおもっている」

「だったらなぜ、戦わなくてはならないのだ」

「俺たちにとって、戦う理由など要りはしないのだ。リチリアは元軍事国家だということは知っているだろう?みなはこの平凡な日常に飽き飽きしていたのだ。
刺激が欲しいと言う想いは日に日に増幅し、ここ最近で爆発してしまった」

「……何が言いたい」

「リチリアでは、デモが度々起こるようになったのだ」

「……」




ラセスは降り下ろした剣を構えたまま、俺と向かい合い、淡々と話している。


……デモ、か。


つまり、あの大規模な火災はそれが要因だと言いたいのだろう。



俺も剣を構えたまま、相手の出方を窺う。

ケヴィとアルバートは他のやつらの相手をしている。幹部らがとうとう姿を現したようだ。

……親玉は任せた、と言うことらしい。




「カイル殿、俺たちには理由とは必要ないのだ。そのため、戦争は良い刺激になる。軍人としての血は騒ぎ、有り余った肉体は踊る。
戦闘にこそ、俺たちの生き甲斐があるのだ」

「馬鹿馬鹿しい。イカれているのではないのか、おまえたち」

「それはこちらの台詞だ。平凡に生きる価値などない。試練や邪魔が入ってこそ、見えるものがあるというものだ」

「……俺たちはその邪魔ってやつか」

「わかっているのなら、存分に邪魔をするんだなっ!」

「……おまえたちにはわからないだろうが、その邪魔にも信念というものを抱えている」




ラセスは剣に炎を纏わせ襲い掛かって来た。

俺はそれに冷静に対応し、剣に水を纏わせる。

その水はたちまち凍りだしたが、炎によって蒸発した。それの繰り返しをしているため、湯気が剣から立っているが気にしない。




「それは、護りたいものをこの命を使ってでも、護りきることだっ!」

「それも馬鹿馬鹿しいことだ!弱いやつは切り捨てる。それが世の中の道理というものだ。強いやつが栄光を勝ち取るのだっ!」

「俺たちは栄光なんてもんはいらねぇんだよ!欲しいのは、平和な未来だけだっ!」

「ヘドが出るほどぬるい思想だ!今すぐおまえも、その考えも、この俺が葬り去ってやる!」






……ああ、いいとも。この身が滅びようとも、あいつが生きてさえ、笑ってくれさえしてくれれば、それが俺の平和なのだからな────






「……おまえはあの女をどう思っている?」



紫族という輩と繋がっている女。

俺にはどうしても、こいつらは利用されているとしか思えない。




「紫姫のことか?あいつには感謝しているとも。こんな、またとない機会を与えてくれたのだからな。俺の力を覚醒した恩人でもある」

「おまえ、刺されたのか?」

「……」

「愚かな。その方法によって力を得た者の末路を知っているはずだ。リチリアにとっては因縁でもあるだろう」

「うるさい!おまえに何がわかる!力に対する恐れを抱き、利用しようとしない王などもう必要ないのだ!ただの腑抜けではないか!国民の反発を制圧できない王など、役立たずなのだ!」

「……それは、前王のことを示しているのか?」

「黙れ黙れ黙れ黙れ!」

「……図星か」




リチリアの前王はラセスの父。

しかし、その国始まって以来初の慈愛に満ちた、永き王であった。

毎年パーティーを催すように制定したのは彼であり、彼の寛大さに惹かれ、周辺の国はリチリアに対する敵対心を抑えていった。

……しかし、それは国民性には合っていなかったようだ。



平凡過ぎる日常に嫌気がさし、国家に対する反発を起こし始めた。

前王は病に伏し、亡くなったと聞いている。

うつ病だと、俺は判断するがな。




「……おまえの父親は、自害したのだろう?」

「違う!違う違う違う!」




がむしゃらに攻撃を仕掛けて来る若き王。

……やはり、な。自害したのだろう。そして、自分に突如として降りかかった責任という鎖。

その鎖を手繰り寄せた結果、あの女はこいつにたどり着いたのだ。


……こいつは使える、と。





「おまえだって、王になることは望んではいなかったのだろう?ましてや自害した王の跡継ぎだ。風評被害があったに違いない。だから打開できる機会を窺っていた。違うか?」

「……」

「黙認、か?おまえは本当は何がしたいんだ?こんなことをしたいとは思ってはいないのではないのか?
狂った国を正しく先導する。おまえはそれがしたいだけだろう?」

「……俺はもう、どうでもいいんだ。生きている意味を見失った哀れな王さ。王になったところで、所詮は青二才。皆の満足できる統治もできはしない」

「青二才なら、青二才なりに意地を張れ。根性を見せてみろ。おまえは王なのだから、皆は自然とついて行く。皆は信頼できる先導者を探し求めているのだ。おまえが変えれば、国も変わる。
伝統という鎖に囚われていては、できることもできはしない」

「……俺は後戻りはできない。後ろには崖しかないのだ。落ちるぐらいならいっそのこと、目の前にある試練を打ち破り、滅びよう!」

「……それが愚かだっつってんだろうがよ!」

「……っつ!」




俺はラセスを押し返し、剣を弾き飛ばした。

跳ねられた剣は宙に弧を描きながら落下し、地面に深々と刺さる。



聞いているこっちがイライラしてきやがる。

うじうじとしやがって。さっきまでのケヴィまんまじゃねぇか。

こんなやつが王なのか?この選択は間違っていないと、自分に嘘をつきながら生きているこいつが?

……笑わせる。嘲笑ってやる。間違っていることを認めるまでな!




「……笑いたければ笑えばいい。権力も実力もないこの俺を」

「ああ、いつまでも、いくらでも笑ってやるさ。おまえが間違いに気づくまで」

「……間違い、だと?では俺は何をすれば良かったというのだ。今さらもう遅い。火蓋は切って落とされたのだ。元には戻せん」

「元に戻すこと事態が間違っていると言っている。……新しく作ればいいのだ。時代は常に動いている。今は俺たちの時代であって、先祖の残したものを無理やり受け継ぐ必要はない」

「……俺たちの、時代……か」

「ああ。古い考えは捨てろ。おまえは頑固じじいか?違うだろう?俺たちは柔軟な考えを持つ若き後継者だ。その硬い頭をまずどうにかしやがれ。……まあ、父親を慕いたい気持ちはわからなくもないがな」

「……くっ……おまえ……
まさか敵の大将に説教されるとはな。前代未聞だ」

「さあ、剣を取れ。まだ終わってはいない。敵を倒さないことには、始まらないからな」

「……その敵とは?」

「あの島にいる、女のことだっ……くっ!なんだこの風は!」

「どうやらその島から発せられているようだ。見ろ!山が……」

「さっさと伏せろ!くっ……」




俺は水で壁を造る。他の連中も同じことをしているようだ。

炎や風では役に立たないため、水の力しか対抗できない。


しかし、この地形のせいで余波が思わぬ方向から押し寄せて来る。

壁だけでは済まされず、箱状にするしかやむ終えなくなった。



……かなり力の消費が大きい。



余波がおさまった頃には俺は息が切れていた。水の箱も消滅した。

そして、ありえない光景に我が目を疑う。



……雪が、雲が、山が、ない。







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