蒼の光 × 紫の翼【完】
家も壁しか残っていなかった。
咄嗟に城の方向に振り返ると、何重にも重なった力の壁が見えた。
……耐えしのげたようだ。
「ちっ……いきなり何しやがる。ブリザードどころか地形も街も変えやがって……許せねぇ」
「……どうやら、変えられたのはそれだけではないようだ」
「……どういう意味だ?」
「見ろ……」
遠くの方ばかりを見ていたせいで、近くが死角になっていた。
……なんだこれは……
地面から次々と這い出て来る醜い物体。
地面には丸い闇が広がっており、そこから異形の者たちがわいている。
人型、犬型、鳥型……
形という形は保ててはいるが、腐っているかのように液体が爛(ただ)れ、嫌な色をした蒸気を放っている。
……ゾンビ。それがいちばん合っているだろう。
「なんだこいつら……」
「敵にはまず間違いないだろうな」
「……だなっ!」
ラセスは襲い掛かって来た一体を転がっていた剣で貫いた。
が、そいつは僅かに痙攣した後、再び襲い掛かって来た。
「何?!」
「……失せろ」
俺は水圧でそいつを潰した。今回は復活しなかった。
どうやら、剣では倒せない相手らしい。
辺りを見回しても、ケルビンの兵士もリチリアの兵士もそいつらの対応に困惑しているようだ。
止まることの知らない異形の者たち。次々とあの闇のホールからわいてくる。
「皆、よく聞け!これからターゲットをこいつらに絞る。人間ではなく異形の者たちを狩るんだ!剣は通用しないため、力のみで戦うことになるが、耐えしのげ!そして、この街から出ないようにしろ!」
「「「おぉぉーーーー!!!!」」」
俺の命令に素早く反応し、異形の者たちを次から次へと消しにかかった兵士たち。
……さあ、リチリアの王様よ、どうする。
ラセスはしばらく目を閉じて俯いていたが、顔を上げ、声も張り上げた。
「皆の者、聞いてくれ!俺は王の器には相応しくない男だが、軍人としての誇りはある!戦争による快楽は恐らく今までにない歓喜の時だっただろう。だが、相手は人間でなくともいいはずだ!
俺たちも狩ろうではないか!平凡なケルビンに遅れを取るなど、リチリアの名が廃るというものだ!」
「「「リチリアのために!!!」」」
……こうして、俺たちは協力し合いながら狩をすることになった。
異形の者たちは尽きることなく襲い掛かって来るが、こちらは人間だ。意地というものがある。
……こいつらには情などいらない。
俺はこいつらの正体を知っている。
ケルビンには古くから伝わる伝説がある。だが、それはあくまでも伝説上であり、実在するとは思っていなかった。
その伝説の歴史は長く、恐らく紫姫の言い伝えの時代よりももっと前の話だろう。
昔、ここの近辺は異形の者たちの巣窟だったそうだ。
しかし、人里に下りて人間に悪さをするようになった。
畑を荒らし、盗み、人拐いをするようにまでなった。
そこで、4人の若者が立ち上がった。
異形の者たちを山で囲まれたこの地へと追いやり、封印した。
その封印は山の中にあり、誰もその封印がどこにあるのか知らない。
……その封印が、あの突風で効力を失ったのだろう。
他のケルビンの兵士たちも、その正体に気がついているはずだ。
だから、こいつらを外に出すわけにはいかない。
封印は4ヶ所だと言われている。
……また封印を施さなければ、こいつらはいつまでもわいて来るだろう。
この世界にいてはならない存在なのだから。
……この言葉、どこかで聞いた気がする。前にも、どこかで───
頭の奥が痛み出した頃、俺はあらぬものを見てしまった。
……あいつが、いた。
少し遠くに、あいつが。
何かを探しているようだった。
きょろきょろとしていることから、人探しをしているのだろう。
この状況に視線をさ迷わせながら、おどおどと歩いている。
しかし、誰も気づいていないようだった。異形の者たちも襲い掛かって来ない。
……そして、あいつは俺を見つけて走り出した瞬間、異形の者の牙によって腕を裂かれた。
誰かが避けたその異形の者の攻撃が、あいつに直撃したのだ。
俺を見つけパッと輝かせた瞳には、驚きと、焦りと、痛みでその輝きを失った。
徐々に崩れていくその身体。
雲のない、日光が激しく照らす白い視界、という名のキャンパスに、あいつの真っ赤な花が咲き乱れた。
迸(ほとばし)る鮮血。倒れた肢体。
それから広がる赤い液体を見た瞬間、俺の中の何かがプツリと切れた─────