蒼の光 × 紫の翼【完】
そして、俺のリミッターが解除されそうになったとき、先に誰かが解除した。
……それはあいつしかいないだろう。
荒れ狂う炎の狼が、異形の者たちを喰らい尽くすかのごとく凪払う。
狼の主も、恐らくあの光景を見ていたのだろう。
仲間さえも焼き尽くさんばかりに翻る炎。
辛うじて自我は保てているのか、危なっかしくも直撃を防いでいる。
俺は横たわるあいつのもとへと急いだ。
なおも広がり続ける鮮血。青白くなった身体。
腕に指を当て確認するも、低下していく脈拍数。
……ヤバイな。
暴走をし続ける狼の主を止めるには、こいつの生存を示す必要がある。勘違いしているはずだからな。
俺は半分をきった残りの体力を惜しみなく、治療の力へと変換させる。
……間に合ってくれ。
おまえが死ねば、この世界も、俺たちも絶望に暮れるだろう。
おまえがいなければ、俺は……
そのとき、僅かにこいつの瞼がピクッと動いた。
……あと少し。
もちこたえろ、俺の身体!この命を使ってでもこいつを護ると決めただろうがっ!
いつの頃からか、惹かれていた。
いや、最初から惹かれていたのかもしれない。
そして、ケヴィもこいつを狙っていると聞き、誰にも渡したくないと思った。
残酷なこいつの運命を、俺も一緒に背負いたいと思った。
だから、生きろ!死ぬな!
────視界が霞み始めた。限界が近い。
あと少しなんだ!あと、少し……死……ぬな……よ…………
俺の視界が暗転し、前のめりに倒れていく。
もう、ダメだ……限界が来た。
慣れないことはするものではないな。戦争にむけて肉体的鍛練のみをしていたから、治癒の力の鍛練を怠っていた。
……母さんだったら、もっと早くに治せるのに。
……父さんだったら、こいつが怪我をする前に食い止められたのに。
すでに身体はこいつの身体の上空にある。
俺の体重で押し潰されてしまうだろう。
なんとも間抜けなことだ。
俺がもっとしっかりとしていれば……
もっと強ければ……
こんなことで、倒れるなんてことはなかったはずなのに。
くそ……意識が……遠退……く……
ふらっと倒れた身体。しかし、何も衝撃が襲って来なかった。
その代わり、軟らかな感触だけが俺を包み込む。
「カイルさん。こんなになるまでありがとうございます。わたしはもう大丈夫ですから、休んでいてください。
なんとしてでもケヴィさんを止めますから」
そんなしっかりとした声が俺の耳に入る。しかし、目を開けるのも億劫だ。
「……力って言うのは、触れ合うことでその力が増すそうです。これはわたしからの餞別(せんべつ)です。
……だから、どうか逝かないでください」
その切ない願いを聞いたあと、唇にふっくらとした感触、そして温かなものが流れて来る。
……力が、湧いて来る。
少しだけ瞼をこじ開けると、あいつの目を閉じている顔が間近に合った。
そして、ふっと離れ、笑みを溢す。
「まさか、同じ人にファーストもセカンドも奪われるとは思ってませんでしたが、仕方がありませんね。
……しばらくじっとしていれば、身体が動くようになるでしょう。それまでにはケヴィさんを宥めますからね」
まだ少し霞む風景に、こいつの顔だけが鮮明に映る。
……こいつのこんな、どこか照れながらも自信満々な顔を見たのは初めてだ。
いつもその瞳の奥に影があった。
後ろめたさ、後悔、そんな負の感情が漂っていた。
しかし、今はその影は息を潜めている。
紫の瞳に、銀髪で蒼眼の男がひとり見える。
……俺か、俺だけがおまえの瞳の中にいるのか。こいつの光となり、影を追いやったのは、この俺か。
……自惚れているわけではないが、悪くないな。
そして、その瞳は俺の視界から抜け、ずるずると俺の身体を引きずり日陰へと移動させた。
背中に硬い感触。恐らく廃墟の壁だろう。
ゴーグルも、手袋も、防寒具を戦闘の途中で脱ぎ捨てた俺に、残っている温かいもの。
それは、おまえだけだ。