蒼の光 × 紫の翼【完】



意識を手放したカイルさんから腕を解く。

……ずいぶんと柄に合わないことをしてしまった。

というか、大胆すぎる。



半分衝動的にしてしまったキス。



カイルさんがわたしのために命を削ってくれたことに愛しさを感じ、護りたいと思った。


触れ合うと力を共有することができる。


これも、神から貰った知識だ。

それに、これは経験済だ。

キツネと対峙したあのとき、ケヴィさんに手を握ってもらった。

そのとき、勇気というか、力が湧いて来るというか、とにかく自分にケヴィさんから何かが流れて来るのを感じた。



……しかし、唇でなくともよかったはずだが……



現状を忘れあまりの恥ずかしさに悶えていると、炎が目の前を散った。



……げっ!ケヴィさん止めないと!



今まですべてに背を向けカイルさんしか見ていなかったから、すっかり頭から抜けていた。



立ち上がり、振り返る。



……やっぱり地獄絵図だな。




炎の狼、焼かれる異形の者たち、避けるのに精一杯な人間、吹き荒れる熱風。

ていうか暑い。防寒具は暑かったから、コナーに乗る前にすべて外した。

しかし、暑い。




降り立ってここに出たときは、我が目を疑った。

上空から見たときはいなかった異物。

それが地上に降り、やけに騒がしいなと思いながらこの広場に足を踏み入れた瞬間、仰天と共に激しい憎悪の感情が渦巻いた。



なにこれ、気持ち悪っ!しかもグロい!



でも、敵味方関係なく戦っているところを見て、もう大丈夫なんだ、と思った。

戦争は終わって、協力しながら敵を駆逐していく兵士たち。

それなら、わたしのやるべきことはただひとつ。



上空に浮かぶ島のこと。

カイルさんたちはまだその近さに気がついていいようだった。

大きすぎて遠近が掴みずらいその巨大さ。




今すぐに、その尋常ではない危険さを教えないと。

気持ち悪い空間をおろおろとさ迷い続け、やっとカイルさんを見つけた。

衣服はあまり乱れてはいなかったけど、疲労の影が落ちている顔。

そして、隣にはラセスさんがいた。



……和解できた、のかな?



わたしは安心して、走りだそうとした。

けれど、いきなり横に現れた犬型の異形の者。

その鋭い牙が、わたしの腕を掠めた。


一瞬過ぎたあまり、動かなくなった身体。

袖がじわじわと濡れていく感触。

そして、カイルさんの怒ったような顔。



……ああ、もうダメなんだ。



一度手放した意識だけれど、再び戻って来た。

そして、迫り来るわたしよりも頑丈な身体。

それがカイルさんだと気づいて、咄嗟に身体を起こし腕を伸ばした。

ぐったりとした男の人の身体は重かったけれど、なんとか堪える。



そして、わたしの膝に頭を乗せて、語りかけたのだった。




……そうとうわたしは重症だったのだろう、カイルさんはわたしの生存を確認したあと、クタリと気を失った。

まずは体力の回復。寝てもらわないとね。






────さて、どうしよう。



前方に炎の竜巻発見!恐らくケヴィさんはあの中にいるもよう。

しかし、わたしの声が届くかどうか。


それに、何体も飛躍している燃え盛る狼。

あれに当たればひとたまりもないだろう。




……あ、閃(ひらめ)いた。





空から行けばいいんだ。

竜巻も、上からならなんとか侵入できるだろう。

狼に直撃される可能性も低い。

まさに一石二鳥!いいアイディアだ!

わたしには紫の翼があるんだ。それで飛んで行けば……




……いや、でもまだコントロールできないかもしれない。コナーを呼んだ方が得策かも。




わたしがコナーを呼ぼうとしたとき、頭上から鳴き声が聞こえて来た。



『グアァァァァァ!!!!』



ん?と思って見上げると、紫色の大きな龍が一頭、旋回しながらこちらに降りて来た。


ズウゥンと揺れる地面。


……まさか。




「ティノ?!」

『……また間違えましたね?僕ですよ僕』

「……ジーク?」

『そうです。というか、小さかったときはただたんににゃーにゃーとしか言えなかっただけです。初めからジークでしたよ』

「……そうなんだ。でも今までどこにいたの?ポケットには入ってないし」

『僕の場合は肉体ごと、迷宮にいたんです。僕にもこの世界に通じるドアがどれなのかわからなくて、探し当てるのに手間取りました』

「あれ、わたしと一緒に部屋に入ったんじゃないの?」

『カノンさんが入った途端、消え失せてしまいまして。だから新たに見つける必要があったんです』

「じゃあ、なんでこんなに大きくなってるの?」

『今まで眠りながら力を蓄えていたんです。こうやって大きくなるために……というより、こんな無駄話をしている場合ではありません!』



ジークは長くて太い尻尾をひと振りし、異形の者たちを凪ぎ払った。



……兵士たちはジークに驚いて避難してしまったようだ。





「ほほう、これが龍か。初めて見た」

「ラセスさん?」

「いいものを見せてくれたなおまえたち。そんな関係だったとはな」

「……え?ええっと……?」

「キスしていたではないか」

「キッ……み、見てたんですか」

「当たり前だろう。俺なんか尻目にしてイチャイチャし始めて、見ているこっちが恥ずかしくなった」

「あ、あはははは……」

「……俺が援護するから、早くあいつを止めろ。そこの龍も手伝ってくれるのだろう?」

「はい。よろしくお願いします」

「ああ。俺があの竜巻に風穴を開ける。そこから中に忍び込め」

「そんなこと「できる。俺を信用しろ。もともとは敵だったが、それは今は関係のないことだ。騙されたと思って俺について来ればいい」

「……はい」

「では、行くぞ!遅れるな!」





ラセスさんの後ろについて走る。信用できると言えば嘘になるが、今はこの人に賭けるしかない。


ジークは紫色の炎を吐いて、わたしたちの前に立ちはだかる異形の者たちを燃やし尽くし、ついでに狼の足止めもしてくれているようだ。


前を走るラセスさんはジークが仕留め損ねた者たちを、炎で抹殺する。


いっきに走り抜けるわたしたち。






そして、竜巻の前まで来た。熱風が肌にジリジリとあたる。




「恐らく、開けた風穴は一瞬で閉じられるだろう。怖じ気づいて遅れるなよ、炎にたちまち呑み込まれる。
俺が行けと言ったら迷わず走って飛び込め」

「はいっ!」



ラセスさんは目を閉じて神経を研ぎ澄まし、目をカッと開いた。




「行け!」




わたしは走り出す。と同時にパッと炎の竜巻の一画に穴ができた。


……塞がりかけてる!



一心不乱に走るわたし。


間に合え!




頭から突っ込みなんとか身体を滑り込ませる。


わたしの靴先がジリ……と少し焼けたけど、間一髪のところで無事に侵入できた。




「うぐっ……」



ドサッと床に身体が直撃した。けれど、なんとか耐えしのぐ。目の前に火花が散ったけど、我慢だ。





腕で支えて片膝で立つと……いた。





目の前に、棒立ちになっているケヴィさんが。




わたしがいることに気づいていないのだろう。

チラリともわたしを見ない。




「ケヴィさん?」



わたしは試しに呼び掛けた。しかし、無反応。徐々に歩み寄る。



右側にいるのがいけないのだろうか。聞こえていないのかもしれない。

早く止めないとケヴィさんの身体が壊れてしまう。

カイルさんだって危ういところまでいったのだ。

ケヴィさんまであんな状態にはさせたくない。




わたしはケヴィさんの左側に回り、また名前を呼ぶ。

すると、ケヴィさんの瞳がわたしを捉えた。

が、わたしを見ているようであって、見ていない。声に反応しただけのようだ。


……なんとかしないと。




ケヴィさんの手を取ってみる。


わたしはここにいますよ。


そんな想いを込めて握る。


最初は脱力していた手だったけれど、少しだけ握り返してくれた。

早く、起きてください!



すみません、と断ってから握っていない方の手を振り上げて、ケヴィさんの頬を思い切りひっぱたいた。



────パチィィンッ!!!



きゃー!思ってたよりも音が酷い。痛い。音だけで痛い。ついでに自分の手のひらも痛い。

ケヴィさんの身体は少しよろけたけれど、崩れはしなかった。





ケヴィさんの左頬に痛そうな紅葉の模様が浮かび上がって来た頃、その目に涙がたまってきた。


……え、泣くほど痛かったの?え、ごめんなさい……ホントにごめんなさい……



涙はたまりはしたものの、流れはしなかった。

その代わり、赤い瞳に闘志が満ちていく。




「カ、ノン……?」

「はい。ケヴィさん!わたしはここにいます!死んでません!」

「くっ……身体が……」




ケヴィさんは膝からいっきに崩れた。

腕を伸ばすもやはり体重には敵わず、一緒に崩れる。


……うん。今日だけで痣だらけだろうな、いろんなところ。

気にしないよ?女の子だけど気にしないよ?決して気にしてないよ?


と、痛みを別のことを考えて紛らわしていると、ケヴィさんが謝ってきた。




「わ、るいな。痛い想いをさせて」

「いえいえ、このくらい……」

「いや、今回もそうだが、おまえに怪我を負わせてしまった」

「そんなこと!」




わたしはケヴィさんの身体から離れ、そばに座る。

仰向けに寝転がっているケヴィさんの瞳から、たまっていた涙が溢れた。



「……あ?なんで泣いてんだ俺」

「す、すみません……ケヴィさんを起こそうと思ってさっき思いっきり平手打ちしました」

「……身体は痛いと感じたんだな。確かに少し右頬がジンジンする……」

「す、すみません……」




わたしは謝りながら涙の跡を拭ってあげる。

と、その手に大きな手のひらが重ねられた。



「……生きていて、よかった……」

「はい。カイルさんが捨て身を覚悟で治療してくれました。今は気を失っていますけど」

「……そうか」

「はい……」




ケヴィさんは空いている方の手を上げると、わたしの頬に添えた。



「もう、あんな想いは懲り懲りだ」

「はい。わたしもです。こんな無茶苦茶に力を使っては、早死にしますよ」

「……そうだな。俺は死期が近いんだったな」

「いえ、そんなつもりで言ったわけじゃ……」

「いや、いいんだ。おまえを一生護ってやれないからな」

「……そんなこと」

「ふっ……おまえは泣くな。笑っていればいいんだ」




頬に当てられている手の親指が、涙を拭ってくれる。




「そう、ですね。悲しみは悲しみしか生み出しませんもんね」

「ああ、そうだな」




ケヴィさんは力なく笑った後、ヘタリと力を抜いて気絶した。


おわっ……と、落ちそうになった手を掴む。




「ケヴィさん?」

「そいつは平気だろう。寝れば治る。
……しかし、これはおもしろいな」

「そうですか……って、は?」

「いや、おまえはどちらを選んでいるのかと思ってな」

「は、はいぃ?」

「俺から見たら、三角関係、或いは二股か……?」

「なっ、なっ、なっ……」

「な?」

「なに言ってるんですかぁぁぁ!!」




気づかぬうちに竜巻は消え失せていて、声のする方を見ればラセスさんが顎に指をあてて何やらニヤニヤとしていた。


何を言い出すかと思えば、とんだ爆弾発言。







……どうして男って、どいつもこいつもデリカシーがないのよぉぉぉ!!








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