蒼の光 × 紫の翼【完】
今は会議中なので皆様お静かにお願いします……
はい、うるさくないことは承知してはいるんです。
ですが、このピリピリとした空気をお静かにできないものかと思いまして……
遡ること数刻────
アルさんが皆さんを集めてくれたおかげで、会議を開くことができた。
ケルビンとリチリア両国が出席する会議。
どちらにも王が鎮座し、家来が意見を交わす。
……はずなのだが。
「あーっ!」
「ど、どうしたんですか?アルさん」
「牢にぶちこんでおいたスパイがそこにいる!」
「「「「……」」」」
始まって早々に口を大きく開いた彼は、ラセスさんの隣に座っている男の人を指差して叫んだ。
……それを聞いたその場の空気がいっきに冷めていった。
どちらにも不満を持つ者が集うこの会議で、相手の癪に触るようなことは避けたい。
王も王子も側近も、近護騎士も側近も幹部も……お偉いさん方がぐるりとテーブルを囲んでお互いを睨み合う…じゃなくて、出方を見ている。
正直言って、早くこの場から立ち去りたい。
リチリア側からの好奇の目がわたしに注がれている。
……なぜなら、あちら側にとって紫姫は信頼できる対象ではないから。
「アルバート、うるさい」
「だ、だってさカイル。スパイがここにいるんだよ?確かに釈放はしたけどこの会議に参加しているとは思ってなくて……」
「それは僕が許可したからいいのだよ」
「……陛下が、ですか?」
「何か文句でもあるのかい?どうやら彼には僕らに伝えたいことがあるらしいからね」
「伝えたいこと……?」
「だから、その件はひとまず水に流して、話し合いを始めよう」
「……」
アルさんはまだ何か言いたげな表情だったけど、浮かせていた腰を椅子に下ろして押し黙った。
その様子を見て、ずっと青ざめた顔をしていた元スパイはほっと胸を撫で下ろした。
……よっぽど、アルさんのお仕置き云々が怖かったのだろう。
それからは会議らしい話し合いが始まった。
まずは謝罪。そして、現在だけは協力し合うということの協定。
被害報告、戦力通達、異形の者たちの説明、島の正体などなど。
もちろん、島の正体についてはわたしが説明したわけで……
声も手も何もかもが震えていたけど、だんだんと島の全貌が明らかになるにつれ、重苦しい空気が漂い始めたせいで、わたしが勇気づける形になっていった。
つまり、異形の者たちばかりのことを考えていた皆さんは、新たに大きな敵の存在を目の当たりにし、途方に暮れているようなのだ。
皆さんが力を合わせれば、打開できるはずです!とか、この指輪がわたしの手元にある限りこの世界は破壊されません!とか。
大人にとっては気休め程度にしかならないかもしれないけれど、少なくとも希望はある。
その希望を実現させるには、互いに手を取り合い協力する必要がある、ということも伝えた。
……けれど、空気はいっこうに軽くならない。
昨日今日で信頼が生まれるわけでもなく、冷えきった空気だけが暴れ回る。
少しはディベートが交わされるが、どちらも頭を縦に振ろうとはしない。
相手の意見を受け入れられないのだ。
やはり抵抗が根強く残っているようで、相手の意見の悪いところをつい指摘してしまう始末。
……やはり、協力することは叶わないのか。
沈黙が続いている中、あるひとりの男がおずおずと挙手をした。
その男とは、元スパイのことである。
「あの……ええっと、先ほどあの者たちの封印はこの城のどこかにあるというような言い方をされていましたよね」
「ああ、そうだが」
わたしの隣にいるカイルさんが眉ひとつ動かさずに答えた。
カイルさんの隣にいるアルさんはその人を凝視している。睨み付けていると言ってもいいだろう。
そんなアルさんを、わたしの隣にいるケヴィさんが呆れたという顔をしてちらっと見た。
「その封印場所、もしかしたら知っているかもしれません……」
「はあ?!なんで知ってるの?僕たちでさえ知らないのに?!」
「落ち着けよアル」
「……」
ケヴィさんになだめられ、カイルさんに見つめられて口をつぐんだアルさん。
言いたいことが山ほどあるみたいだけれど、このときばかりは黙っていてほしいとわたしも思った。
「その紫姫様が身に付けている指輪を探しているときに、地下通路に侵入したことがありまして……そのとき、空かずの間を見つけたんです」
「空かずの間?……聞いたこともないし見たこともないけどねぇ」
セレスさんは思案するように手を額にあてたけれど、本当にわからないようで顔をしかめた後そう言った。
「確かにあったんです。鍵穴はないのに押しても引いても開かない扉が……怪しいと思いましたが、なんだか気味が悪いので後回しにしておいたら捕まりまして……」
「それじゃあ僕が悪者みたいに聞こえる……」
と、アルさんは小さく呟いた。
ここは我慢ですよ、我慢。
いつアルさんが騒ぎ出すかひやひやしながら、元スパイの話を聞く。
「周りのケルビンの兵士の方々に聞いても知らないの一点張りだったので、報告した方がよろしいかと思いましてここに私はいるのです」
「……つまり、僕はバカだと。スパイだったからと言ってグチグチと罵った挙げ句、重要事項をみすみす見逃すようなことになっていたかもしれないんだから」
「アルさん……」
わたしは思わず呟いてしまった。
またあの自問自答をしていたときのような雰囲気を醸し出している。
たぶん、そんなんじゃ側近失格だ……とか思っているのだろう。
国のためを想っていつも行動しているアルさん。その行動が裏目に出てしまって悔しいのだと思う。
「しかし、その部屋は俺も知らん。場所はわかっているのか?」
「それが……釈放された後どうしても気になってしまって再度その場所を訪れたのですが……跡形もなく消えてしまっていて……」
「消えていただと?」
「はい……申し訳ありません。お役に立てなくて……」
「いいえ、そんなことはないわ。耳寄り情報じゃないの!」
「は、はい……?」
いきなりヘレンさんが声を上げた。
いっきに皆さんの視線がヘレンさんに向けられる。
「昔、おじいちゃん……先々代のケルビン王から聞いたことがあるのよ。この城には神出鬼没な扉があるって」
「そうなのかい?僕は初耳だよ?」
「そりゃそうよ。わたしでさえ今の今まで忘れていたのだもの。あなたに教えた覚えもないしね……で、おじいちゃんもその扉を幼い頃に見つけたそうなの。でも次の日気になって再度訪れたけれど、どこにもなかったのですって!
あなたが話しているその扉と、同じ物と考えてもおかしくないとわたしは思うわ」
「は、はあ……」
ヘレンさんのマシンガントークにスパイがついていけていたのかははだはだ疑問だが、なるほど、つじつまが合っているような気がする。
……それならやることは決まり。
「「その扉、探しましょう」「その扉、探す必要があるな」」
わたしとカイルさんはものの見事にハモり、ヘレンさんにクスクスと笑われてふたりして赤面してしまった。
カイルさんにいたっては頭をがしがしと掻いている。
……この会議ではひとつの結論がもともと出来上がっていた。
それは、まずあの異形の者たちをどうにかするということである。