蒼の光 × 紫の翼【完】



「やはりこのメンツになるのか」

「妥当なメンツだと思うよ」

「いや、かなり偏っていると思うんだが……」




会議は早々に打ち切られ、今は総出で神出鬼没な扉探しをしている。

このメンツと言うのは、わたし、カイルさん、ケヴィさん、アルさん、ラセスさん、そして元スパイのこと。

発見でき次第、このグループに真っ先に連絡する手筈になっている。



ケヴィさんはこのメンツに不満があるようだが、決まったものはしょうがない。



「ところで、扉があったところはどこなんだい?」

「ここを真っ直ぐに行ったところにあったんですが……」

「消えた、と」

「はい……」



アルさんはもう元スパイのことはどうでもよくなったようで、普通に話しかけた。

元スパイも普通にそれに答えて、ラセスさんが感慨深そうに呟く。




「しかし、地下通路と言えどここは広い。センタル中に張り巡らされているからな。はっきりとした地図も作られていない」

「地図がないのは痛手だよね」

「だが部屋がある箇所も限られているのではないのか?」

「確かにな……」

「そうか、ケヴィはここに入るの初めてだっけ?」

「まあ、存在自体は知ってはいたがな。用がなかった」




ゆらゆらと揺れる影、響く靴音。

そして、行けども行けども変わらない風景。

……暇だ。何かいい効率の良い方法はないかなー……



足もとに視線を落としながら歩いていると、ちょろっとその視界の中を何かが掠めた。

ぴたっと止まるわたし。

……もしかして?もしかしてもしかして?





「どうした?いきなり立ち止まって」

「セレスさん……良いこと思いついちゃいました」

「良いこととはなんだ?」

「アルさん、ここって小動物でも住める環境ですか?」

「ん?うーん、外よりは暖かいから生きていけるんじゃないかな?」

「……良いこととは、ネズミのことです」

「「「「ネズミ?」」」」



後ろを振り返ってそう言うと、みなさんの頭の上にハテナマークが浮かんだ。

ネズミ。それはこの地下通路を熟知し、住み処としている主である。

その主ならば、扉の在処を知っているのではないだろうか?

というようなことをみなさんに説明した。



「……なるほど、それは名案だな」

「だがどうする?あいつらはすばしっこくてなかなか捕まらない。地下でも食糧を荒らされたりして俺たちの天敵だったはずだ」

「天敵でも、今はこうして協力しているじゃないですか」



お互いの顔を見合わせる面々。



「だから、その情報網を借りるんです。人間とネズミが協力すれば、人間だけで探すよりも早く見つけられますよ」

「だが、それはネズミを利用することにしかならない。あいつらにはメリットがないだろう」

「……ふっふっふっ。このわたしがそれを考えていないとでも思ってるんですかカイルさん?」

「……その笑い方が気に入らん。プラス、どや顔もやめろ」

「まあまあまあ……じゃじゃーん!ビスケットとチーズ!」

「「「「……(なぜ持っているんだ)」」」」





わたしが懐から……いや、コートのポケットから取り出した包みにはビスケットとチーズが入っている。

非常食でもあり保存食でもあるこれらは、リリーちゃんのお母さんからこっそりといただいたものだ。

小腹が空いたら食べてね、と自分の分だけ貰いに行ったときに渡された。


……グッジョブ!リリーちゃんのお母さん!


わたしは息を吸って、声を張り上げた。



「ここにビスケットとチーズがあるから、欲しいネズミさんはこっちに来てー!その代わりに手伝ってほしいことがあるんだけどー!」



あるんだけんだけどー…んだけどー…んだけどー…けどー…けどー……




「うるさい」

「うん。これで準備バッチリ」

「なにがバッチリ……ってうお!」

「こりゃすげぇな。こいつらみんなここに住んでいるのか」

「へえ、こんなにいるんだね」

「……それはそれで問題があると思うが」

「……(ひえぇぇぇぇっ)」




カイルさんがわたしに文句を言おうとしたとき、足もとを黒い無数の物体が走り抜けた。

それもみんなわりと大きい。ドブネズミサイズだ。ハムスターとは比べ物にならないくらい。


……足りるだろうか。




『姫、くれ!』
『えさくれ!』
『早く!』
『腹へった!』
『くれ!』




チューチューと叫び出すネズミたち。

どうやらお腹が空いているみたい。確かに、地上は悲惨な光景だし、異形の者たちの巣窟と化しているから探しに行けないのかもしれない。



「はいはいはい、今あげるからねー」



わたしが手のひらに乗せて差し出すと、我先にと集(たか)ってきた。

激しい争奪戦。まるでバーゲンにお母さん方が群がっているようだ。

しかし、やはり足らなくなってしまい、他のネズミが食べているのを横取りする始末。

終いには喧嘩しだしてしまった。




『盗るな!』
『くれ!』
『痛いよ!』
『何すんだ!』
『俺のだ!』
『どけ!』
『待て!』
『ネズミのくせに!』
『おまえもだろ!』




わーわーぎゃーぎゃーちゅーちゅー。

ネズミが入り乱れる様は、あまり見ていて良いものではない。

しかもデカいから余計……




「おいおいおい、どうするんだ?」

「僕たちは言葉が通じないしねー」

「でもだからって、わたしも話しかけられる雰囲気じゃないんですけど……」




途方に暮れるわたしたち。成す術がない。

呆気にとられてその様子を傍観していると、ぴたっと動きが止まった……ように見えた。

少なくとも、わたしには声が聞こえた。

おばあさんの鋭いしわがれた声が。




『お黙り!姫様の前でなんたる無粋なことをしているんだい!さあさあ道をお開け!』



その声が一喝すると、ネズミたちはみんなおろおろとしながら道を開けた。

そして、そのできた道を一匹のネズミが通る。

そのネズミは、他のネズミとは違って真っ白な色をしていた。



わたしの目の前までやってくると、謝罪をし始めた。



『すまないねぇ姫様。こいつらの見苦しいところを見せちまって』

「い、いえいえ。わたしも浅はかなことをしてしまってごめんなさい。いろいろと量を考えてからするべきでした」



わたしはしゃがんでそのネズミを見下ろす。

今までのことを思うと、どうやら地下通路のネズミ界の頭のようだ。

言葉も端的ではないから、賢いのだろう。




『それで、手伝ってほしいこととはなんだい?姫様の頼みなら報酬がなくても喜んで承るよ』

「あ、ええっと……この地下通路のどこかに神出鬼没な扉があるって聞いてるんだけど、知ってる?」

『……知ってはいる。だが容易には教えられないね。例え姫様でも』

「ど、どうしてですか?」

『その扉を開けるつもりなんだろ?あの者たちが解放されている今、その扉を開ければ封印が解けちまう可能性があるのさ』

「そうなんですか?」




だが、扉の在処がわかるのであればどうにかできるのかもしれない。

それに、やはりその扉と封印は深い関係があるようだ。



『ああ、そうさ。他の封印はどっかに吹っ飛んじまっただろ?そうなると、残るひとつの封印は壊れやすい。扉を開けただけで簡単に解かれちまうかもしれないのさ』

「そ、そんな……」




わたしが項垂れると、そのネズミがわたしの指を触り始めた。

もっと正確に言うと、指輪が気になるようだ。




『これはなんだい?見たことのない石だねぇ』

「ああ、これは紫姫の指輪みたいで、あの島の鍵になるものだそうです……」

『ほほう。なるほど、この石には力が込められているね。これなら大丈夫かもしれないよ』

「ほ、本当ですか?」

『ああ、本当さ。ついて来な。それがあるなら、封印がその石の力を吸って持ちこたえるかもしれない』




白いネズミはまたもと来た道を通るけれど、わたしは立ち止まったまま。




『どうしたんだい?』

「ええっと……その……踏んでしまいそうで」

『ああ、それはすまなかったね。おまえたち!さっさとおどき!』




他のネズミたちはその声でさささーっとどこかに行ってしまった。



「ありがとうございます」

『どういたしまして。さて気をとり直して行こうかい』




わたしが歩き出したため、後ろの男たちが慌ててわたしの跡を追う。

さっきからひそひそと話しをしていたようだけど、わたしには小さすぎて何を言っていたのかはわからなかった。



「あとできっちりと説明しろよ」

「わ、わかってますよ」



カイルさんがわたしの隣に並んで、そう念を押した。

……通訳もたいへんだなぁ。

と思いながら、見失わないように用心しながら白いネズミを追いかけた。






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