蒼の光 × 紫の翼【完】




「……というわけです」

「でもさ、なんであのネズミが番人みたいなことをしているんだろうね」

「さあ……聞いてませんけど」

「それに口がかなり達者じゃない?あの小さい脳のどこにそんな言葉のバリエーションを蓄えているんだろう」

「さ、さあ……」




あの、そんなにホイホイと聞かれても知らないものは知りません……それにわたしも疑問に思ってることだし。

でも、やっぱりわたしの案は良い結果を生み出してくれて内心ほっとしている。

これであのまま立ち尽くしていたら今ごろはどうなっていたことやら。




『さて、ついたよ』

「ええっと……どこにあるんですか?」

『上、さ』




白いおばあさんネズミについて行くこと数十分。やっと目的地に到着したようだ。

しかし、周りをぐるりと見回しても見当たらない。

そして聞いてみるとなんと上だと言う。



わたしは仰ぎ見た。そして、口をあんぐりと開けて放心状態になってしまった。

……あの姿形は、まさか……




「なんだ?上に何かあるのか……」

「え?なになに……」

「どうしたんだ……」

「なんで言葉を切るんだ……」

「……」





みなさん何か言っている途中で見上げたせいで、言葉がぷつりと途切れてしまっている。

それもそうだろう。

地下通路の一段と高くなっている天井にお目当ての物があるのだから。


……しかも、あの形状はうんざりするぐらい見飽きている。



わたしたちが見上げている扉は、わたしが迷い混んだ迷宮のドアそのものだったのだ。

たぶん、その類いの空間があの扉の向こうには広がっているのだろう。


……不思議の世界のお姫様。


わたしはまたあの空間に迷い混まなければならないのかもしれない。




『あれが、姫様の探していた扉さ。今は運悪く天井に出現してはいるがね』

「……(いじめだ。いじめにしか思えない)」

『まあ、あたしの案内できるのはここまでさ。あとは自分たちでなんとかおしい』

「あ、ちょっと尋ねたいことがあるんですけど」




今にも闇の中に消えてしまいそうだったおばあさんネズミを呼び止める。

彼女は首を傾げてその先を促した。




「あなたは、本当にネズミですか?」

『……そうさ。あたしゃただの賢いネズミだよ』

「わたしの知り合いに、龍にされてしまった人がいるんです。もしかしたらあなたもその口かなと思って」

『……その口だ、と言ったらあんたはどうする?』

「フリードが益々わからない存在になるだけです」




おばあさんネズミはクスッと笑いを漏らすと、愉快そうに目を細めた……ように見えた。

暗さや遠さ、大きさが相まって、確かかどうかまではわからないけど。




『そうかい、姫様はフリードに会ったのかい。相変わらずあの子供っぽい口調だったかい?』

「はい」

『……フリードからあたしは、扉を護るように言われているのさ。罪を償うためにね』

「その龍にされた人も同じことを言っていました」

『……やはりね。あたしの罪は、この世界にあの者たちを招き入れちまったことさ』

「え……」




この世界に異形の者たちを招き入れた?

そんなことが可能なのだろうか。

紫姫ならできそうな話……できちゃったら怖いけど、にわかには信じ難い。




『あたしはもともと別世界にいた者さ。この世界に流される途中、あの者たちに生を吸い盗られてこんなばあさんになっちまった。そして、あたしはあの者たちにまとわり付かれながら、ここにたどり着いた。そして、あたしは息絶えた』

「じゃあ、一回死んだんですね」

『そうさ。だけどね、あの世でフリードに会い、番人をするように命令された。それからと言うもの、こんなちんちくりんな格好を今の今まで続けているのさ』

「い、今まで?!」

『そうさ。最初はネズミなんて……と思ったけどね、慣れっていうもんは怖いもんさ。逆に居心地の良さを感じるようになっちまった』

「……」

『だから、早くこの状況を打開するんだよ。手遅れになる前に、ね』

「……うん。ありがとう案内してくれて」

『そうさ、あたしは案内までしかできない。さっきも言ったけどね、自分たちでなんとかおしいよ』

「じゃあね!またね!」

『健闘を祈ってるからね』




わたしは走り去っていく小さな白い背中に手を振った。


……名前、聞き忘れちゃったな。


いつまでもおばあさんネズミじゃかわいそうだけど仕方ない。



そして、わたしは後ろを振り返った。



「で、なんとかなりそうですか?」

「……なんともなりそうにないな」




顔をしかめながら考え込む男たち。

打開策は見つかったのか聞いてみたけど、ケヴィさんにぴしゃりと否定された。



「アルさんが風で飛ばすとか」

「危ないと思うよそれは。風は所詮風でしかないからね。実体の無いものだから大人の男を運ぶには限度があるよ」

「……あ。そうか、その手があったか」

「ラセスさん?」





ラセスさんが口を開いた。

何か名案でも浮かんだのだろうか。





「上昇気流を作ればいい」

「……つまり、竜巻か?」

「ああ、そうだ」

「しかし、危険ではないか?あの扉は開かないはずだ。そう長くは保てないだろう」

「あ、そうか……開かないんだったな」




うーんとまた考え込む男たち。

そもそも、開かない扉の中にどうやって入るのか。

そのことは頭の中には存在しないらしい。


おばあさんネズミに聞いておけば良かったな。

と、今さらながらに後悔した。身の上話をするんじゃなくて、もっと現実的なことを聞くべきだった。




「あの、元スパイさん。本当に押しても引いても開かなかったんですか?」

「そ、そうですが……力任せにそうしてもびくともしませんでした」

「……じゃあ、スライドさせてみました?」

「スライド、ですか?」





あれ、この世界でも通じない言葉があるのか。

アップルパイとかそう言うジャパニーズ英語が通じていたから不思議だとは思っていたけど、この世界にも存在しない表現があるのか。




「ええっと……横にずらす、みたいな」



わたしは手を横に動かして再現した。



「そのような扉の開け方が存在するのですか?」

「少なくとも、わたしがいた世界にはありました」




襖とか、車のドアとか。エレベーターもスライドだし。

ていうか、エレベーターのドアがスライドじゃなかったら逆に変かも。





「そうなんですか……その方法は試していないですね」

「じゃあ、やってみる価値はありそうかも」

「だが、それでも開かなかったらどうするつもりだ?最悪、俺たちの集中が途切れれば共倒れになるぞ」

「そこはご安心ください。わたしにも力があるので」

「「「「力?」」」」




ホント、男ってハモるのが好きなんだな。さっきから被ってばかり。


カイルさん、わたしには翼があるんですよ翼が。

あの高さまでなら不安定でもイケそうな気がする。




「はい、見ててくださいよ?」




わたしは翼を出そうと試みる。飛ぶ…飛ぶ…飛ぶ…あの扉の向こうには何が待っているのかわからないけど。

例え闇が広がっていようとも、またあの濡れない水で満たされていようとも、わたしにはみんながいる。


あの光だけだった人が今度は隣にいる。


正直、あの蒼い光は誰の、或いはどちらの光だったのかはわからない。

オーロラ石の色が光の色だったのかもしれないけれど、あの蒼い光は本当にケヴィさんのものだったのか疑問に思う。



どちらにしろ、この紫の翼のもとだった青い光と赤い光がすぐそこにいるのだ。

コントロールがうまくできなくても、二人が、みんながどうにかしてくれる。



だから、今度はひとりじゃない!





────バサッ!!!


周りの驚愕した吐息を聞いた。

出た!出たよ翼が!フリードありがとう!



わたしの背中に紫色の大きな翼が現れた。

少し動かしてみて、飛べるかどうか確認をする。


うん、正常正常。異常なし。





「ど、どうなっているんだそれは」

「わたしにもわかりませんよ」

「紫姫にはそんな能力もあったのか」





カイルさんもケヴィさんも不思議そうにわたしの背中を眺めている。

アルさんもラセスさんも言葉が出ないほどびっくりしているようだ。

元スパイにいたっては崇拝するような目付きをしている。陶酔していると言ってもいいぐらいだ。

……紫姫のこと女神だって言ってたようだし。





「……つーかそんなのできるなら最初からやれよ」

「なっ!カイルさんはわかってませんね。まだ一度しか使ったことがないので自信がないんです」

「真面目な顔をして言い切るな」

「カイルさんだって力を使い始めた頃は不安じゃなかったんですか?小さいときはケヴィさんに力の勝負でいつも負けて、部屋に鍵まで閉めて落ち込んでいたくせに」

「おいっ!なんでおまえが知ってんだよ!」

「そうだったのか、カイル。落ち込んでいたのか。それはそれは悪かったな」

「バカ言えっ!」

「だから毎回意気込んで挑んでいたんだねー。でもまさかあのカイルが落ち込んでいたとは。しかも鍵までかけて」

「……」

「…………ぷっ」

「笑うなセレス!」

「……う……クッ……ククククッやっぱ無理!」





そのあとはご察しの通り、大爆笑の渦。

元スパイはなんとか我慢していたようだったけど、結局大笑いしていた。


カイルさんはこれでもかっていうぐらい髪の毛を掻き乱している。

わたしもお腹を抱えて笑ってしまった。あげくの果てには涙まで出てくる始末。

地下通路に響き渡る笑い声。ネズミたちもびっくりしているに違いない。




ひとしきり気持ちの済むまで笑い合った後、みんないっせいに息を吐いた。



「はあ、疲れたよ」

「ああ、こんなに笑ったのはいつぶりだか」

「俺はもしかしたらないかもしれないな」

「……」

「す、すみません……」

「さて、ではあの扉を開けますか?」

「ああ、そうするとしよう。おまえは誰でもいいから発見したと伝えて来い」

「了解しました陛下!ではお気をつけて!」



元スパイは走って行った。



「カノン、俺たちはどうすればいい?」

「ええっと、わたしが開けたドアの中に急いで飛び込んでください。開けた瞬間消えてしまうかもしれませんから」

「わかった。アル、集中しろよ?」

「……ちっ」

「誰にものを言ってるの?大丈夫だよタイミング合わせるから」

「……くそっ」






カイルさんは舌打ちとくそっ、を連発しだしたけれど、放っておくことにする。

善は急げっていうし。早く実行したい。




一ヶ所に固まった4人をちらっと確認してから、わたしは神経を研ぎ澄ませる。



目標、確認。



お願いだから、あそこまでうまく飛んで!



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