蒼の光 × 紫の翼【完】
「ケヴィ……久しぶりね」
「……俺は覚えていない」
「そう……それは仕方ないことよね。あなたはまだ小さかったのだから」
「……」
銀髪で華奢な女性が目の前にいる。
彼女はずっと目を閉じている。盲目なのか……?
そこから導き出される結論は、俺の母親だということ。銀髪など、そうそういるものではない。
「大きくなったのよね?」
「少なくともあんたよりはな」
「……そうよね。あなたにとってわたしは他人も同然。わたしの名前すらも知らないのでしょう?」
「……」
「わたしはクレナ。クレナ・ヤ・パーシー」
「なっ……」
「そう。わたしは結婚しているの。でもその人はあなたの父親ではないわ。わたしはあなたを闇の息づいた街に置いて、愛する人を選んだの」
「……」
やわらかな声にしてはなかなか残酷なことを言ってくれる。
子供を取らず、夫を取ったということだ。
家族ではなく、赤の他人を取った女。その女は俺の母親。
……むしずが走る。
「でも残念なことに、わたしは死んでしまった」
「なんだと?」
「つい数年前に、ね。わたしは本物の彼女の魂ではないけれど、記憶はすべて残っている」
「おまえは偽物なのか……?」
「コピー、といったところかしらね。精巧なコピー人形。でも、自我はあるわ。本物と引けを取らないくらい」
精巧なコピー人形……
しかし、マリオネットのような感じには見えない。自我があるのであれば、人間とそう大差はないだろう。
彼女から目を離さずにいると、突然、彼女の瞼が開かれた。真っ青な瞳。カイルよりは薄いかもしれない。
白いロングワンピースに白い肌で銀髪の彼女の瞳は、不気味なくらい映えている。
……なにもかもを見透かされているみたいだ。
「わたしは視力を手にいれたの。自分の顔を拝むことができるようになったし、明暗だけだった世界に色がつくということは、なかなか良いものね」
「……」
「けれど、あなたは失ってしまった。それはわたしのせいでもあるわね。ごめんなさいね」
「……気づいているのか」
「当たり前じゃない」
……そう、俺の右耳はすでに聴覚を失っている。
カイルにはすでに伝えてあるが、カノンにはまだ言っていない。
心配かけたくないしな。それに、おまえはあいつにしろ。俺のことなんか気にするな。
……間違えても、俺にするな。
「あなたは……わたしにはあまり似ていないようね」
「だが、カイルに似ているとはよく言われる」
「……それに、わたしには持っていないものをあなたは持っている。そこも似ていないわ」
「龍の刻印のことか?」
「そうよ。家族には誰ひとりそれを持つ者はいなかった。なのに、どうしてあなたにはそれがあるの?」
「知らないな」
だんだんと自暴的になってきた彼女。
これになんの意味があるというのだ。
「それは龍の加護を受けた者の証。それがあれば一目置かれる存在になれた。なのに、わたしの家は代々それがない。どういう意味かわかる?わたしの家は王族の血筋を引きながら、王族とは見なされていなかったのよ」
「……」
つまり、王族の端くれ。それがないというだけで、軽蔑の目を向けられたということ。
認めてもらうには、力が必要だった。
彼女の声色はだんだんと震えてきた。
腕で自分の身体を抱き締めて、俯く。
「だから、英才教育は必須だった。子供たちはみんなすべてを求められたの。特にわたしは。ハンデがある分、容赦はなかったわ。両親は優しい人たちだったけれど、でも、わたしには堪えられなかった」
「……そして、逃げた」
「ええ、そうよ。わたしは逃げたわ。才能を開花させていく兄弟。成長の遅いわたし。居場所がなくなるのなんて時間の問題だと思った。だから逃げたの」
逃げて逃げて逃げて、たどり着いた先には闇しかなかったの。
わたしは自分の容姿なんて考えたこともなかった。そこらへんにうろうろとしている男共には格好の餌だったのね。着いてそうそう集られたわ。
外見のわからない街だったけれど、男たちの態度で光の届かない街だってことはすぐにわかった。
毎日毎日犯される身体。そして、死にたいと思い始めたとき、わたしにも希望ができた。
それが、あなたよ。ケヴィ。
お腹の中に赤ちゃんがいる。家族がいる。それだけで生きる気力が湧いてきた。
父親なんてどうでもいい。この子を産んだらすぐにこの街から逃げてやる。
そんな野心を抱いて過ごしていたある日。旅の集団に会ったの。
それがわたしの運命の出逢いだった。
その集団の内の、ひとりの男に惹かれたの。
彼はわたしをいつも気遣ってくれた。もちろん、あなたのことも。
仲良く戯れているうちに、あなたが産まれた。けれど、そんなあなたを見て彼は態度を変えたわ。
せめて瞳の色さえ同じならば連れて行こうと思っていた……って。
彼は緑、わたしは青、あなたは赤。
てんでバラバラな親子を想像してみてちょうだい。違和感が半端ないと思わない?
彼はこうも言ったわ。
ケヴィが大きくなりこの違和感に疑問を持ち始めたら、どう説明するんだ、と。
本当の父親ではない、と知ったときの悲壮感を与えるのはかわいそうだ、と。
わたしだってそれくらいはわかっていたわ。
わたしはうじうじと時間だけを引き延ばして、あなたを育て続けた。
その間、彼は辛抱強く待ってくれていた。わたしの結論を。それほどわたしたちは愛し合っていたの。
……でも、とうとうその結論を出さなければならないときが来たわ。