蒼の光 × 紫の翼【完】


「ほら、食べなよ」

「あ、ありがとうございます……」



わたしはアルバートさんから焼き鹿?を受け取った。もちろん塩やタレはない。

二人を見ると、骨付きのままかじりついている。もちろんわたしのにも骨がついている。


……ここは腹をくくるしかないようだ。


さっき死んではいたけど、目が合ってしまった鹿。なんだか申し訳ないけど、食べなければ失礼だ。鹿肉なんて初めてだけど。

わたしは小さくいただきます、と言って一口かじってみた。


……うん、食べられなくはない。


わたしはその後、二人の唖然とした顔をよそに、鹿肉にがっついた。体力を相当消費したらしく、お腹がすいていたようだ。



「ねえ、僕たちの分もあるんだからね」



そう言われて我にかえった。

大量にあった鹿肉がすでに半分ぐらいしかない。と言うことは、わたしだけで4分の1は食べたことになる。



「す、すみません……ごちろうさまでした」



わたしはしおしおと小さく座り直し、毛布で顔を覆った。



は、恥ずかしい……



わたしは今絶対に顔が赤い。年頃の女が食べる量ではない。


そのとき、ふっ、と笑い声が聞こえた。

わたしは驚いて、毛布から顔を上げ声の主を見た。

青い瞳の男の人が目を細めて笑っていた。ほんの少し口角をあげて。



……かっこいい。男の人のこんな顔、初めて見たかもしれない。



わたしはさらに赤面して、頭まで毛布を引き上げた。


しばらく二人の食べる音が聞こえていたけど、どうやら終わったらしく、足音が遠くなったり近くなったりした後、沈黙が続いた。

わたしは毛布を被っているせいで、まったく状況がわからない。



「……そろそろ顔を上げたらどうだ」



ため息混じりにそう言われ、渋々わたしは顔を上げた。



「俺はカイル・デ・シュバリート。こいつはアルバート・デ・ハンター。
俺はカイル、こいつはアルでいい。おまえの名前は?」

「……カノン、です……」

「その続きは?」

「……続きなんてありません」



わたしは毛布を被っている間、ひとつの結論を出していた。

それは、ここは地球ではないということ。

気候が違うし、容姿も違う。着ている服だって、二人は軍服みたいなものを着ている。さらには名前。こんなカタカナな名前は日本にはいない。あと、鋭い剣。

この材料でできた結論は間違いなく合っている。まさにファンタジーな現象がそっくりそのままわたしの身に起きている。

つまり、わたしがいる『ここ』は、『異世界』だということ。

それなら、杉崎なんていう言葉を言えば変な目で見られるだろう。わたしが異世界出身だと言ったところで、信用される可能性は低い。

それに、わたしはよそ者なわけで、これ以上変に疑われたくない。ここはひとつ、身の上を明かさない方が賢明だ。身につけている服とかは誤魔化せばなんとかイケると思う。



「……ただのカノンなのか?」

「そうです」

「隠しているわけではないだろうな?」

「隠してなんかいません。もし嘘をつけば、どうなるかわかりませんから」

「……とすると、君は孤児なのかな?どこかから逃げてきたとか追い出されたとか?」

「はい。里親から面倒をもう見きれない、と言われ目隠しをされ腕を縛られ置いていかれました。わたしはなんとかその拘束を解き、ふらふらとさ迷いました。
気がついたら雪の中にいて、寒さで気を失い、また気がついたらこの小屋にいました」



我ながらあっぱれだ。うまい言い訳ができた。わたしは心の中でガッツポーズをとる。こんな内容なら、どんな行政なところでも通用するだろう。



「どこから追い出されたのかな?」

「それが、わからないんです。いつもご主人様としか呼んでいませんでしたし、物心ついたときからあの部屋にいました。
ほとんど軟禁状態だったので、外をあまり知らないんです」

「……なるほどな、だからおまえは俺たちの名前を聞いても驚かなかったわけだ」

「……どういう意味ですか?」



何かやらかしてしまっていたのだろうか。口から次々とデタラメが出てきていたため、内心浮かれすぎていたのかもしれない。



「シュバリートとハンター。2つとも貴族なんだよ。しかも普通の貴族じゃないんだ。僕のハンターは代々王族の右腕として続いている。
そしてカイルのシュバリートは王族。つまり、国王になることができるんだ」

「はあ、そうなんですか……ん?え?国王?」

「だ、か、ら、ここにいる男は王子なんだよ本物の!こんなあまり喋らないモテ男君は!」

「……誰がモテ男だ」

「だって事実だろ?20歳になってからどれだけ縁談の話が来ていると思ってるんだよ?」

「ふん、2年間今まで断り続けているだろう」

「そろそろ身を固めてくれれば、僕たち家来は安心できるんだけどな」

「俺は女に興味はない」

「とか言って、若気のいたりって奴で派手な時期もあっただろう?」

「……関係ない。口を慎めアルバート。人のことを言える立場ではないはずだが」

「はいはい、そんな怒んなってば」



カイルさんはアルさんを睨み付け、アルさんはそんなカイルさんに肩をすくめてみせた。

けれど、わたしは呆気にとられていた。

だって、二人の身分があまりにも高すぎる。軍服を着ているから、てっきりどこかの傭兵か何かだと思っていた。

まさか側近と王子様だったとは……



「す、すみません……世間知らずで。様をつけなければいけないような身分だったとは……。わたしの態度は無礼極まりないですね……」

「いいや、知らなかったんだから仕方ないよ。それに、あまり様とかつけて呼ばれるのは好きじゃないから、そのままの態度でいいからね!
……話を戻すけど、ここはどこの国でそこのどの辺りなのか、っていうこともわからないんだよね」

「すみません……」

「そんなに恐縮しないでよ。説明してあげるね」



アルさんはわたしに丁寧に説明してくれた。




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