蒼の光 × 紫の翼【完】




「待って!……あれ?」



ここって……カイルさんが消火に使ったあの噴水の前だ。夕陽が辺りを照らしている。


じゃあ、戻って来られたんだ……でも、皆さんは?




「……うぐぅ」



そんなうめき声が下から聞こえてきた。と、同時に他からもうめき声が聞こえてくる。


ん?下から……?




「……ここは?」

「戻って……来たのか」

「しかし……」

「……重い。邪魔だ退け!」




……わたしたちはどうやら積み重なっているようだ。幸い、わたしは一番上だったから平気だけど……




「なんで俺たちって重なってしまうんだろうな」

「さあ?」

「今回は一番下ではないから良かった……」

「全然良くねぇ!さっさと退きやがれ!」

「あわわわわ……」



カイルさんが無理やり動くから、一番上のわたしの身体がユラユラと揺れる。

そして、堪えきれなくなり下に落っこちた。


チリン、と軽やかな鈴の音と共に、ゴチッと鈍い音がして目の前に火花が散る。頭から落っこちてしまったようだ。


涙目になるわたし。




「く~!」



思わず頭を押さえて踞る。痛い!痛すぎる!頭が割れなくて良かった……




「あ~あ。カイルがカノン泣かせたー」

「俺か?!」

「無理やり動くからだ」

「上の人ほど揺れるのだから、まあこうなるだろうな」

「……ちっ!つべこべ言ってねぇでさっさと退け!くそっ!」

「「「うわっ!」」」




カイルさんが上の三人を押し退けて立ち上がる。

退かされた三人は見事にゴロゴロと崩れ落ちた。でも、ちゃんと受け身とかとれているんだろうな……


案の定、服に付いた砂を払って悠然と立っていた。ちくしょう。やり方さえ知っていればこんなことには……




「ったく。世話のかかるやつだな」

「だっ、誰のせいだと思って……いっ!痛いです!」

「治してやっているんだ。感謝しろ」

「……」



カイルさんが不愉快そうに眉を寄せながら近づいて来たと思ったら、しゃがんでわたしの手を払い、その大きな手を痛いところに置かれた。

思わず抗議の声を出したけれど、徐々に痛みが消えていっているのに気がつき、おとなしくなる。




「ほら、終わったから……許してくれ」

「……そんなことされたら、許さない理由がないじゃないですか」

「だろうな」




クククッ……と笑って手を退かすカイルさん。

絶対悪いって思ってないよね。




「ねえ、僕たちへの謝罪はないわけ?」

「ない。そもそもおまえらが俺の上に乗っていなければ、こうはならなかったんだ」

「……確かに、カイル殿が一番下だったからこその結果だな」

「それは俺が乱暴だと言いたいのかラセス!」

「ラセスが一番下だったときはこうならなかったからな。さすがは王だ」

「……」




もう、呆れてものも言えないといった感じのカイルさん。その後、三人を睨み付けていたけれど、急に辺りを見回した。

同じく三人も頭を巡らせる。



「えっ……どうしたん「しっ!静かにカノン……来るよ」



何が、と聞く前にそれらは姿を現した。


あれは……魔物!



「嗅ぎつかれたか」

「カイルが大きな声を出すからだよ」

「おまえな……」

「来るぞ!」



皆さんはそれぞれ剣を取る。けれど、カイルさんとラセスさんだけはなぜか噴水の水から何かを取り出した。



「それって……」

「上手く使いこなせるかはわからないが、やってやる」

「そんな大剣よく使おうと思うな。俺だったら無理だ」

「見てろよ!」



二人が取り出したのは、クレイモアとラセスさんの愛剣。大きいから何かの拍子に手離してしまったのかもしれない。



「あっ!待ってくださいよ!」



迫り来る魔物たちに果敢に攻めて行く男たち。置いてきぼりは防ぎたかったから後を追って走り出す。


すると、鈴がリンリンと音をたてる。


その音が鳴った瞬間、魔物たちの動きがピタリと止まった。



「へ?」



わたしが皆さんに追い付いた分、つまり魔物に近くなった分、魔物たちは後ずさる。


なんだなんだ?


わたしが試しにわざと鈴を鳴らすと、何か呻きながら戸惑っているようだった。



「?」



わたしは不思議に思ってさらにずいっと前に出て、鈴を腰から外し激しく鳴らすと、魔物たちがウガウガと言いながら一目散に散って行った。



「へ?なんで?」

「……多分、魔除けの鈴、みたいな感じなんじゃないの?」

「つまり……」

「この鈴で誘導すれば済む話で……」

「俺たちの出番はないと……」

「そ、そそそそそんなわけないじゃないですか!わたしだけじゃ無理ですって!皆さんにも仕事はあります!」



一気に士気が下がってしまい、重い空気が漂い始めた。

待って待って待ってくださいよ!この鈴だけじゃ限界がありますって!



「きょ、協力しましょうよ!ね?だから頑張って闇の穴に落としましょう!そして一網打尽にするんです!」

「まあ、今の俺は胸くそ虫の居所が悪いんでな……」

「同感だ。腕試しをしたいしな」

「ああ、殺ってやる。カノンの仕返しをしてやる!」

「殺り放題!時間無制限だけどお早めに!しかも無料!よし、イチに付いて……よーい、ドン!」




うりゃー!と駆け出す男共。

……だから待ってくださいって!


と、走りだそうとしたけれど、ふと立ち止まる。



……なんか、デジャ・ヴ。



小さな後ろ姿の男の子たちが一斉に駆け出す。それをわたしは笑いながら追いかけるのだ。

彼らは木の枝を持ってわーわーと言いながら走っている。



……これ。夢だ。思い出した。


いつも、誕生日の前夜に見る夢。懐かしいけれど、すぐに忘れてしまう夢。


……これだったんだ。そうか、この光景だったんだ。


大の男が子供のように無邪気に走っている様子はなんだかおかしく感じるけれど、でも、楽しい。

大きな背中たちが全面で楽しいと叫んでいる。


わたしは微笑んだ後、彼らの背中に向かって大きく声をかける。





「穴の方向は逆ですよー!たまたま魔物がそっちに逃げただけであって、方向は真逆ですー!」




あ゛?と眉間にしわを寄せている同じ顔を一斉に向けられたせいで、お腹を抱えて笑ってしまった。

あー、今すぐ写真撮りたい気分。



「それを先に言えバカ野郎ー!」



カイルさんに怒鳴られたけれど、それがさらにツボに入り笑いだす。鈴もリンリンと身体の揺れに合わせて鳴るから、まるで一緒に笑っているようだ。

彼らは不愉快そうにしながらも、不適に笑いながらわたしの横を走って行った。





……大の男も夢中になれば猪突猛進型になるようです。





「あ、カイルさん!これ持って行ってください!」

「……いいのか?」

「はい!わたしにももうひとつありますから。靴ひもを結び直してから行きますので、先に行っててくださーい!」




わたしはカイルさんに片方の鈴を投げてよこしたのだ。

わたしにはもう一個あるから魔除けできる……はず。



カイルさんはひとり残って、わたしを置いて行くかどうか迷っていたけれど、遅れを取りたくたいのか、走り去って行った。


よし、準備完了。



実は、靴ひもを結ぶなんていうのはウソ。

結ぶフリをしたけれど、結んではいない。


これから、やることがあるから────







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