蒼の光 × 紫の翼【完】
……どれだけ階段を昇っただろうか。
運良くその後、大きな螺旋階段を見つけたわたし。
ひたすらそれをかけ上がる。息も髪も乱れ、汗も止めどなく流れている。
でも、弱音は吐かない。そんなの無意味だ。
天井は相変わらず高く、吹き抜けになっているのか、空が見える。
本当は風もあって寒いんだろうけれど、今のわたしでは何も感じない。熱さだけが込み上げるだけだ。
チラッと、何かが視界の端に映った。あれは……コナー?!
と思ったら、まっ逆さまにこちらに向かって降下して来る。
わたしは手を大きく降って助けを求める。
「コナー!こっちこっち!」
『姫!』
コナーは優雅にわたしの目の前に着地すると、早く乗るように急かした。
『私が案内いたす』
「え、知ってるの?何がどこにあるか」
『左様。私たちも転生している身。ここは庭も同然』
「そっか……あなたたちも罪を償うために……」
『罪と呼ばれることはしていない。この島の作成を反対し、このようにされた』
「え……」
『我々にも賛成派の科学者と少数派がいた。少数派とは我ら反対分子のこと。邪魔者は排除される運命なり。少数派は三人しかおらず、こうして守護神となり姫様方をお守りしてきた』
「……」
『島の破壊には大いに賛成なり。哀れなサイクルを断つときが、今なり』
「……行こう。あの人のもとへ」
『御意』
わたしはそれだけを言って、コナーに跨がり上へ上へと上昇する。
……どれだけの人の運命を曲げれば気がすむの……!
あんなヘラヘラとした神様、ムカつくだけじゃない。言語道断よ!
直談判したい!今すぐに神様辞めなって!
……と言えれば苦労しない。
わたしたちはフリードにとってなんなのだろう。おもちゃ?捨て駒?暇潰し?
おもしろおかしく人間の前に現れては、何もかもを滅茶苦茶にして、何がしたいのよ。悔いはないわけ?後悔しているの?
なんのためにわたしたち人間は振り回されなくちゃならないの?神様の尻拭いをしなくちゃならないの?
……誰か、教えてよ!
『姫、ここから先は私たちは行けぬ。ひとりで行かれよ』
コナーが降り立ったのは、行き止まりの前。
「ここから先って……行き止まりだよ?」
『ここから先は紫姫しか入れぬ、神聖な空間。目眩ましのために細工がしてある。我ら守護神でも立ち入ることのできぬ場所』
「でも、お母さんが一緒だよ?」
『妹もまた、紫姫となるはずだった身』
「え?」
『しかし、姉の欲望にひれ伏しその位置を譲った』
「そんな……」
『紫族にとって姫とは神に最も近しい選ばれた存在。その地位を奪おうとする者は現れなかったが、姉だけは違った』
紫姫への執着心、妹への嫉妬。
自分こそが相応しい!他が選ばれるなどもっての他!
『行くのだ、姫よ。救えるのはあなた様しかおらぬ』
「……わかった。あなたはここで待機してて。もし自分の身に危険が迫ったときはわたしに構わず逃げてね。他の二人はカイルさんたちの援護に回して」
『……』
「お願い!わたしに構わず逃げて!それじゃ!」
『姫……』
わたしはコナーの頭を撫でた後、壁に向かって勢い良く足を踏み入れた。
わたしの足は壁をすり抜けて内部へと消えていく。
そして、腕も、胸も、頭も入り、完全にわたしは外の世界から遮断された。
「よく来たな。番狂わせめ」
そんな声が前から聞こえ、顔を上げる。
やはり顔面から壁に突っ込むのは気が引け、下を向きながら足を出したのだ。
……上げた瞬間、絶句した。
お母さんが……お母さんが……
その細い首に短剣を突き付けられていた。そして、目に余るほどの暴力の跡。
瞼は腫れ、唇の端には血が滲んでいる。
服もボロボロで、所々血が染み込んでいる。
「お母さん!」
わたしがそう叫ぶと、お母さんは少し顔を上げた。そして、か細い声を出す。
「だから……わたしごと破壊して……ちょうだいって言った……のに」
「お母さん!」
「ええい!お母さんお母さんうるさい!おまえの本当の母親はわたしだ!」
「あんたなんか母親失格よ!それ以前に人間失格だわ!なんで自分の欲望のためにここまで!」
「おまえに何がわかると言うのだ!何も知らない癖に!」
「なら、教えてよ!それが何かを!」
何も知らない人に知ろって言ったってわかるわけがない。それほど頭に血が昇っているのだろう。
「わたしは長年待ったのだ!初代紫姫から、ずっと!」
「は?」
「わたしが以前話しただろう。男を刺し、力を与えた女がいると」
心臓を刺し、力を与え、戦争のもとを築き上げた人物。
……まさか。
「それはわたしだ。わたしなのだ。わたしには直後であれば甦らせることのできる能力がある。そのため、あの男は死なずに甦った。生まれ変わり、力を得たのだ!」
「じゃあ、今の今まで転生を……」
「そうだ!あのジークという男を刺したのもわたしだ!全てわたしの思惑通りなのだ!」
……全ての元凶、黒幕。
それは、欲にまみれた女の姿。彼女が影で操っていたのだ。
フリードはその始まりの機会を与えてしまった張本人だけど、やはり彼は説明書を与えただけのようだ。
……人間に力を与えるという、始まりを。
「わたしはこの島を作った技術者のひとりだった。誰にも勝手に使われないように、鍵を作った。まあ、それが仇となったわけだか。今はどうでもいい。
さあ、選べ。育ての母親を見捨てるのか、それとも世界を見捨てるのか」
あいつはそう言うと、お母さんの首の表皮を薄く短剣で切った。血が伝い、お母さんの服を濡らす。
「止めて!」
「選ぶんだ!」
あいつがそう叫ぶと、今まで真っ白な何もない空間が一変し、眼下に風景が映る。
あの突風で様変わりしたセンタルの街並み。ほとんど沈んでしまった夕陽に照らされてオレンジ色に輝いている。
空には紫色の夜空。まだ龍の星屑は見えない。
そして、あの大きな闇の穴。
……穴?!
「なんでっ……」
「封印はひとつでも欠ければ行えない。おまえの手元に鈴がひとつあるだろう。種類が揃っていれば平気だとでも思ったのか?甘い考えだ」
「そんな……」
穴の周りには四人の影。見た感じ、魔物は全て誘導できたようだ。
けれど、塞ぐことができないでいる。
コナーたちが見守る中、何か口論をしているのだろうか、皆さんのイラつきがこちらまで伝わって来るようだ。
「あいつらは誰ひとりとして、あの場を動けずにいる。ひとりでも欠ければたちまち魔物は解放されるだろう。
誰もおまえを助けには来ないぞ?さあ、選ぶんだ!指輪を渡せば、こいつの命は助けてやる」
「本当に?」
「ああ、約束しよう」
「じゃあ……」
「ダメ……渡しては。決して……」
わたしが指から指輪を外すと、今まで黙っていたお母さんが声を出す。
「あなたが……優しいのはよく知ってるわ。あの人に似て……」
「あの人?あの人って?」
「あなたの父親。つまりわたしのお義兄様」
「お父さんを知ってるの?」
「もちろんよ……よく遊んでもらったわ…… あなたは外見こそお姉様に似ている……けれど……内面はお義兄様そっくり。太陽みたいに温かくて……そして賢い……」
「ふん。わたしはあいつに愛情など微塵も持っていなかった。あるのは利用価値のみ。それだけだ」
そのことを、お父さんは気づいていたのだろうか……その事実を……
「お義兄様はわたしにあなたを託したの……護るようにって……育てるようにって……だからわたしは、地球に飛んで、一生懸命……あなたを育てた。強く、優しい子に……」
強く、優しい子……
「忌々しい。おまえを脅してこいつを呼び寄せてみれば、とんだ戯れ言を!さあ、その指輪をわたしに寄越せ。さもなくば、命は無いぞ!」
「……っ!」
あいつはお母さんのきれいな頬に短剣で傷をつけた。さらに血が服に染み込む。
見るに耐え兼ね、わたしは俯きながら観念した。
「……あげればいいんでしょ?」