蒼の光 × 紫の翼【完】



「あんな……お姉様がカノンを地球に送るときの……あんな……顔なんて……もう、見たくないわ!」

「……お、母さ……」




わたしって、そんな顔をしていたの?あんなやつと、同じ顔を?




「もう、あなたには……任せられない」

「あっ……」




わたしの指の隙間からスルリと抜けた指輪。その指輪はお母さんの手に渡る。




「わたしだって、地位を落とされて……皆に散々責められて……光栄なことなのに、なぜ降りるんだって……もう、イヤなの!」

「うわっ……」



イヤなの!とお母さんが言うと、わたしの身体が宙に浮く。

手足をばたつかせても、全然進まない。


お母さん……何をしようとしているの?




「わたしが、この島を壊す。もう、懲り懲りよ」

「待って!……でも、どうやって?」

「わたしの命を、使う」

「それって……」

「邪魔をしようとしても無駄よ。言ったでしょう、わたしはどちらの世界にも必要なんてないって」

「待って!お母さん!ダメだよ死んじゃ!」

「わたしに指図しないで!」




わたしの身体がヒュンと風を切る。出口の壁に思いっきり飛ばされたのだ。抗えない、速さと力強さ。お母さんが見えなくなる。

壁をすり抜け、まだまだ飛ばされる身体。このままだと向こう側の壁に激突しちゃう!



と、背中に柔らかい感触を受けて、それにしがみつく。




「コナー!」

『……』



コナーを一度振り返って視線を前に戻すと、お母さんがちょうど宙に浮いて、下へ下へと降りていくところだった。


……ダメ!行っちゃダメだよ!




「コナー!お母さんを追って!」

『……』

「コナー!」

『それは、できぬ』

「え?どうして……」

『今の紫姫は彼女であり、あなたではない』

「そんな……」

『鍵の持ち主は彼女。そして、我は守護神。抗えぬ』

「だって……このままじゃ……」

『我は命を受けた。あなたを護れと』

「え?」

『我はそれを遂行するのみ』




そう言うと、コナーは龍の星屑の見える夜空へと上昇する。お母さんは、もう見えない。




「コナー!戻ってよ!」

『……彼女から言伝てがある』

「言伝て……?」

『あなたがウサギを拐われたと泣いて帰って来たときのことを思い出しなさい。わたしが何を言ったのかを、よく思い出して……』

「……あのとき、お母さんは……」







─────玄関で泣き喚くわたし。



『お母さん……わたしっ……わたしっ……』

『大丈夫。全部聞いてあげるから』




お母さんは小さなわたしの身体をぎゅっと抱き締める。着けているエプロンが鼻水で汚れるのも気にせず、わたしの背中を優しくトントンと手で叩いている。


赤いランドセルは玄関の隅に立て掛けられ、靴は左右ともバラバラに脱ぎ散らかされている。


わたしは半袖シャツの袖で涙を拭きながら帰って来たため、汗で濡れているのか涙で濡れているのかわからないような染みが、服の色を変えている。


わたしはぐずりながらもなんとか内容を話すと、リビングのソファーへと抱っこをされて座らされた。


目の前にはお母さんの笑顔が見える。



『ウサギさん、トンビに捕まってしまったのね……それは、夏音のせいだって思ってるの?』



コクンと頷くわたし。




『夏音、よく頑張ったわね……頑張ったわ……お母さんはね、そうは思わないわ。確かにウサギさんが捕まってしまったのは悲しいことだけれど、悲しいことばかりじゃないと思うの』

『……え?』



鼻水をティッシュでかんだ後、すっとんきょうな声を出す。

涙で腫れ上がった瞼に隠されている瞳が、驚きで見開かれる。


そんなわたしを微笑みながら、お母さんは続ける。



『夏音、今からあなたはトンビさんよ。想像してみて』

『ん……』




わたしは目をぎゅっと閉じて頭の中でイメージする。その閉じた拍子に涙がひとつ、ぽたりと落ちた。



『あなたにはかわいい子供たちがいます。子供たちは毎日毎日お腹を空かせてピーピーと鳴いています。お父さんと一緒にエサを獲りに行きますが、あなたは狩がヘタなため、なかなか捕まえられません。
それでも、子供たちはピーピーと鳴いて、エサをねだります』

『……』

『あなたは巣から飛び立って、エサを求めて海の近くまで来ました。キョロキョロと下を見回して、エサを探します。
ある学校の上を通りかかりました。そのとき、あなたは見つけたのです。丸々と太ったウサギを。あのウサギだけで2日は持ちそうな大物です。しかも、身体が大きいせいか、動きが遅い。あなたは絶好のチャンスだと思って、そのウサギを獲り、子供たちにわけてあげました。子供たちは大喜びで、美味しそうに食べてくれました。
……はい、お終い。夏音は、どう思った?』

『……これって、あのトンビさんの話なの?』

『そうとは言えないけれど、でも、もし本当にそのトンビさんがお母さんで、お腹を空かせている子供たちを何とかしたいと思っていたとしたら、許せると思わない?』

『……』

『夏音、あなたの好きな唐揚げだって、ニワトリさんのお肉よ?わたしたち人間も、トンビさんも、誰かの命を譲ってもらって、生きているの』

『譲ってもらって……?』

『そうよ。その感謝の気持ちを込めて、いただきますをして、美味しく食べて、ごちそうさまでしたって言うの。ニワトリさんだって、お肉になる前は元気に走り回っていたのよ?』

『……だから、トンビさんは悪くないし、わたしのせいでもないの?』

『そうよ。ウサギさんは草を食べるけれど、トンビさんは肉を食べないと生きていけないの。夏音は、唐揚げをこの先ずっと、食べないで我慢できる?』

『……無理!』



わたしは少しの間考えた結果、首を横に強く振ってそう叫んだ。




『ふふふ……でしょ?トンビさんだって、ウサギさんに命を譲ってもらって感謝しているはずよ。だから、そう自分を責めないの!わかった?もっと明るく考えないとね!』

『うん!』



わたしは笑顔でそう頷く。もう涙も鼻水も止まっていた。




『よし、これから晩御飯を作るんだけど、何がいい?』

『……うーんと……唐揚げ!』

『唐揚げ?じゃあ、夏音も作ってみる?』

『うん!ニワトリさんのために頑張る!』

『さて、始めよっか!』





─────これが、お母さんの言っていた話。





「忘れるわけ……ないじゃん。それからはいただきますとごちそうさまを欠かさず言うようになったんだもん」

『……なら、もう教えることもないわ……良い?よく聞いて、カノン』




コナーはお母さんを真似てそう続ける。

どうやら、仲介役になってくれているようだ。




『あなたの力には瞬間移動があるわね?それをこの島に作用させてほしいの。つまり、わたしがこの島を破壊した後、降ってくる残骸を海の中とか宇宙とかに飛ばしてほしいのよ』

「そんなこと、できるの?」

『あなたなら、できるわ。なんたって、わたしの姪なんだから。自信を持ちなさい』

「うん……お母さん……もう、会えないの?」

『ほら、そんな泣きそうな声を出さないの。もっと元気な声を聞かせて?』




わたしとコナーは島の下へと降下する。夕陽はとっくのとうに沈み、満月と星たちがこの世界を照らす。

島も、わたしたちも。城も、無くなった山脈にも。


全てが闇に包まれているけれど、わたしの心は闇に染まっていない。

闇に囚われることは、もうないだろう。なぜなら、柵(しがらみ)は、ユキミちゃんやお母さん、ケヴィさんたちによって取り除かれたから。

少しずつ少しずつ取り除かれて、もう跡形も無くなった。



あるのは希望、それのみ。



月夜に照らされて、わたしの頬がキラキラと輝いている。

そんな、泣きそうな声を出すなって言われたって……もう泣いてるんだから、無理だよ、そんなの。


でもね、お母さん。お母さんには本当に感謝しているんだよ。

誕生日ケーキ、食べたかったな。

大学の入学式に呼びたかったな。

花嫁姿を見せたかったな。

……死ぬ間際まで、その手を握っていたかったな。


やりたいことができなくて、泣いているんだよ?お母さんが死んじゃうから泣いているわけじゃ、ないんだよ?


……だから、お母さんも……



そんな悲しそうな声、出さないで?コナーが忠実に真似しちゃってるから、バレバレだよ?




「お母さん、下に着いたよ」

『じゃあ、これからこの鍵を使って、島と同化するわ。もう、あなたの顔を見ることもできないし、声を聞くこともできなくなるけれど、でも、ちゃんとあなたの気配は感じるからね。
……みんな、今、解放してあげるからね。
……最期にひとつだけ、カノンに教えてあげるわ』





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