蒼の光 × 紫の翼【完】
ふと、寝返りを打とうとしても打てなくて、目を覚ます。
目の前は真っ黒。
明かりがない。目が慣れるまでしばし待つ。
……そして、その真っ黒な物の正体に気がついて絶句した。
それは、カイルさんの身体だったのだ。
明るい色をした髪が見え頭を上げてみたら、銀髪に隠れたカイルさんの顔。
規則正しい震動が、耳に伝わって来る。
その近さにも気づいてまた絶句した。
軍服ではないカイルさんの姿。引き締まった体躯が見てとれる。
その身体のラインが、満月の光に照らされてより一層浮かび上がって見え、わたしの顔に熱が集まる。
だって……だって……
カイルさんに抱き締められて、一緒にベッドに横になっているのだから。
わたしの身体は汗でびしょ濡れ。額には包帯がグルグルと巻かれていた。
何が起きたのかさっぱりわからない。
力を使い果たし、落ちて行くのまでは覚えている。けれど、その先をどうしても思い出せない。
ただ覚えていることと言えば、何かを飲み込んだということ。それだけだ。
夜というものは、余計なことを考えさせてしまう力がある。
お母さん。コナーたち。ジーク。
みんな、居なくなってしまったのだ……もう、会えない。
その現実に今さらながらにうちひしがれて、小さな嗚咽が漏れる。
「うう……っぐ……っく」
カイルさんを起こさないようにぐずっていると、わたしの腰と後頭部に添えてあった手によって、さらに引き寄せられた。
起きたのかと思ってビクッと身体が跳ねたけれど、そうではないことを知って安心する。
……カイルさんの鼓動は穏やかにリズムを奏でている。
わたしの不安や悲しみさえも、知っているかのように、ゆっくりとわたしに安心を与えるのだ。
この状態はかなり恥ずかしいけれど、安心感が勝り、鼓動の眠りの波に誘われて目を閉じる。
寒さを感じ、布団を頭の上まで引き上げ、それからはもう覚えていない。
「っくしゅっ!」
誰かのくしゃみを聞いて飛び起きた。
というより、そのくしゃみに驚いた身体が跳ねて、ベッドから滑り落ちて起きた、といった方が正しい。
「うわっ……」
布団と共に床に転がる。幸い、布団のおかげで痛みはない。
「ちっ……」
舌打ちが聞こえたと思ったら、布団ごと抱き上げられた。外はすでに明るい。
「カイルさん……」
「……なんだ」
「トイレに行きたいです……」
「はあ?……ったく、しょうがねぇな」
カイルさんはそう言うと、わたしを床に下ろし
布団を剥ぎ取る。
「さ、寒いです……」
「それはそうだろうな」
寝起きだからだろうか、頭の寝癖のようにぶっきらぼうな感じで返された。
着ている物を確認すると……
また、あのときみたいなドレスを着ていた。
「なんで毎回こんな格好をしてるんですかね……」
「汗をかいていたんだ、仕方ないだろう」
「それに、カイルさんの格好も見慣れていないからどこを見れば……」
「……どういう意味だよ、くそっ……さっさと行きやがれ。それまでには着替える。そこの扉の奥だ」
「……」
わたしは黙って指定された扉に駆け寄り、素早く開けて勢いよく閉めた。
だってさ……真っ黒なバスローブってどうよ。
真っ白じゃなくて、真っ黒。しかも胸元がはだけていて目のやり場に困ったのなんのって……
平然を装うのには苦労した。目の前に鏡があるけれど……こんな真っ赤な顔、絶対見せられない。
「……あの、わたしも着替えたいです」
「……リリーを呼んで来る」
わたしがトイレから出ると、カイルさんはいつも通りの格好に戻っていた。もう色気は漂って来ない。いや、それでも漏れ出ている部分はあるけれど。
ドアを開けて出て行こうとしたので、気になって仕方ないことを聞いてみた。
「あの……何もしてないですよね?」
「どういう意味だ」
「……わかってるんじゃないですか?」
「……特に何もしていない。一度、栄養剤を飲ませるために起こしたが夢心地だったからな……その……口移しは、した」
「……それってキスですよね」
「……まあ、な」
カイルさんは気まずそうにそそくさと出て行ってしまった。
……口移し、か。
それならぼんやりと覚えている。本当に、ぼんやりとだけど……
でも、さっきのカイルさんの態度からして、他にも何かあったに違いない。
戻って来たら問いたださなければ。
しばらくして、ドタドタと走ってくる音がしたかと思うと、ノックもなしドアがバタンと開けられた。
「カノン様!起きられたって本当……ですよね」
「ハハハ……見ればわかるよ」
リリーちゃんがいきなり入って来たかと思ったら、さっきまでの自分の行動が自分らしくないと気がついたようで、勢いを少し抑えて聞いてきた。
わたしはそれに苦笑ぎみに答える。
「リリーちゃん、ちょっとちょっと……」
まだ鼻息の荒いリリーちゃんに手招きをする。リリーちゃんは不思議そうに首を傾げたけれど、それに従って突っ立っているわたしに近づいた。
「……なんでカイルさんと同じ部屋なわけ?」
「それはそうですよ。ここはカイル様のお部屋なのですから」
「は……?」
ポカーンと口を開けて停止するわたし。
窓の外をよく見ると……確かに、過去を見たときに覗いたのと同じ風景が見える。
ここでわたしは、カイルさんとお菓子を食べたのだ。
「……なんで?」
「看病、ですよ」
「看病……」
何やらニヤニヤとした笑みをしているリリーちゃん。
怪しいぞ?なんか怖いぞ?
「なんでそんなに笑ってるの?」
「……え、い、いえ、別に気にすることではありませんから!」
「……嘘が下手だよ」
「……うう」
本当にわかりやすい反応だったけど、観念したのかシュンとしている。
そして、おもむろに口を開くととんでもない言葉が溢れてきた。
「カイル様が……誰も入れるな、とおっしゃたんです。王子が女性を部屋に招いて一夜を明かすとはつまり、そう言うことで……」
まさに目が点、ビックリ仰天。
……なんですと?!
「聞いてないからそんなこと!というか、何が起こったのか教えろー」
「カノン様ー!止めてくださいー」
わたしはリリーちゃんの両肩をガシッと掴んで揺さぶる。
「さあ、全部白状しろ!」
「わたしは口が固いんです!」
「嘘が下手なくせに!けち!」
「それとこれとは違いますから!」
「……おまえら、茶番か?」
「「そうですが、何か?」」
「くだらねぇことでぎゃーぎゃー言ってるからな。うるさくてしょうがねぇ」
「ルーニー君には関係ない!」
「あーそうかよ。なら、この着替えはいらねぇな。風邪ひいても知らねぇぞ。まあ、バカは風邪ひかねぇって言うから平気か」
「……一言余計よ!ルーニー」
「ああ、そうかよ」
「さっきまでそこで盗み聞きをしながら忍び笑いをしていたくせに。サイテー」
「なっ……」
「そうだそうだ!サイテーよ!」
形勢逆転!男なんてこんなもんだ!女に勝てると思うな!
「……ちっ。やってらんねぇ。着替えベッドの上に置いてくぜ。俺は戻るからな」
「はいはい、ご苦労様ルーニー」
「……ああ」
リリーちゃんはルーニー君の横暴に慣れているようで、アメとムチを上手く使い分けている。
ムチはサイテー、で、アメはご苦労様の笑顔。
……ホント、手慣れているな。
「……こっちの袋に入っているのは何?」
「ああ、それはカイル様に頼まれました。こちらの世界に来たときに着ていた洋服のようですよ」
「ああ、あれね」
あの半袖短パンの部屋着。こっちの気候じゃ寒くて寒くてとても着られないし、着る機会もなかった。
でも、なんで今さら……?
カイルさんの考えていることはイマイチわからない。
「あ、そういえばさ」
「はい、なんでしょう」
わたしは着替えを手伝ってもらいながら尋ねる。
ドレスの着替え方の知識は皆無だから、手伝ってもらっているのだ。
「この包帯は、何?」
「それは額に島の残骸の石が当たって流血していたからです」
「嘘?!全然覚えてない……」
「もしかしたら、それが当たって気を失ったのかもしれませんしね」
「でも、治せば良いだけの話じゃない?どうして包帯なんて……」
「それがですね……力の回復が最優先事項で、傷の手当ては後回しになったんです。なので、まだ傷は治っていません」
「そういうことか……わたし、力を使いきっちゃったもんね」
「はい。島をまるごと消してしまったんですからね……わたしは見てませんけど、カノン様が空から落ちてくるのが見えて焦ったようですよ」
「そりゃ、まあ……そうだろうね」
「そのときのカイル様の慌てっぷりが傑作だったとアルバート様が仰ってました」
「……」
アルさんめ、余計なことをリリーちゃんに吹き込んで!いい迷惑だわ!
そんな恥ずかしいことは口外しないでほしいよ……
そんなこんなで着替え終わった。でも、やはりドレスだった……しかも今度はさっきまで着ていたのとは違い、エレガントさを強調したドレス。
……もっとシンプルなのがいい。それにこんなにうなじが見えるやつじゃなくてもいいんだけど……寒いったらありゃしない。
「はい、カノン様。上着です。その格好ではお寒いでしょう」
「なら普通の洋服にしてよ」
「ダメです。もっとお洒落をしてもらわないと。今は女の子です。もう男装する必要はありませんからね」
「……それはわかってるけど」
リリーちゃんからふわふわな動物の毛を使った上着を受けとる。
それを羽織って首もとを隠す。
寝る前は普通に動きやすい格好だったから、こんな動きにくい格好はやはり違和感がある。
「やっぱり似合わないよね……」
「そんなことありません!自信を持ってください!さあ、行きましょう」
「どこへ……?」
「もちろん、皆様のもとへ!」