蒼の光 × 紫の翼【完】
「……確かに、わたしも呼んだような気がしますが……地獄耳ですか?!」
「そうとしか思えないな。人の限度を超えた聴覚だ」
「……くそ。勝手に言ってろ」
「でも、それはきっとカノン限定の能力なんだろうな」
「……ああ?」
「だって、そうだろ?」
「……表出ろ」
「ま、まあまあまあ!そんなにムキにならずに、ね?」
ガタッと椅子から音を立てて立ち上がったカイルさん。お酒の力もあり、普段言わないようなことを口走っている。
腕を叩いてまあまあ、と抑えてあげるわたし。
まだ不機嫌そうだけれど、椅子に座ってくれた。
「あ、唐揚げだ!大好きなんですよねー」
「はい、カノン様。思う存分食べてください」
「ヤダなーリリーちゃんったら、そんなに食べたら太っちゃ……あ!カイルさんなんで横取りするんですか!」
「いらないんだろ?」
「違います!量の問題を言ったんです!返してください!」
「……ほらよ」
「むぐっ……」
抗議をしようと唐揚げの乗ったお皿に伸ばした手は呆気なくかわされる。さらには口に唐揚げを箸で摘まんで放り込まれた。
もぐもぐと咀嚼すると、肉汁が溢れ出て来た。
「うーん!おいひい……」
「単純だな」
「もうひとつください!」
「……自分で食え」
「やったー、帰ってきたー!」
「……やられたな、カイル殿」
「まんまとやられた……」
「意外と手強いよな、カノンは」
いろいろと横で言われるけれど気にしなーい。
パクパクと口に唐揚げを入れる。
たまにレモンをかけたりして味を変え、おいしくいただいた。
「けっこう食べてしまった……」
「今さらだな。パーティーのお菓子の食べるあの速さの時点でアウトだ」
「ぐう……」
「どれぐらい食べたんだ?」
「おまえんとこのパーティーで出る人気のケーキひと切れ、さらにシュークリーム、ロールケーキ3切れ、後は……」
「聞いているだけで胃がもたれそうだ」
「俺もそんなに食えないな」
「後は覚えていないが、さっきの唐揚げの量とは比べても意味が無いぐらいの差を食ってたな」
「……わたしの武勇伝はいいです。ボロが出かねません……」
「すでにボロボロと溢れているがな」
「もう、心がボロボロです……」
と、そこでリリーちゃんたちがいないことに気がついた。
さらにはヘレンさんたちもいない。
「あれ、いつの間にか誰もいない」
「子供二人は帰ったぞ」
「なっ……そんな言い方」
「時間を見てみろ、10時を指している。風呂とか考えると、寝るのにはちょうどいい時間だろう」
「ああ、風呂な……そう言えば、事件があったんだよな」
「……事件?」
「ん?……わー!その話は無しです!危うくスルーするところでした!ラセスさん!止めてください!」
「……おれもスルーする気だったが、こいつの反応で知りたくなった」
「あ、あれれ……?」
「墓穴を掘ったということで、話をするか」
「……もう!ケヴィさんも止めてください!カイルさんには知られたくありません!」
「益々知りたくなった」
「ぐはっ……」
「観念するんだな。諦めろ」
「やーめーてーくーだーさーいー……」
わたしの声は悲しくも届かず、話が始まってしまった。
絶対何かが起こる!
そう確信したわたしは、テーブルに突っ伏して寝たフリをすることにした。これならいい。絶対にいい。
しかし、人間というものは単純なようで、そのまま本当に眠ってしまった。
ふと気がつくと、まだ三人は話をしているようだった。しかも政治の話。場に似合わない。
どうやら、ラセスさんが今後どうすればいいのか考えあぐねいているようだ。
国民のありすぎる闘志をどこにぶつければいいか、ということ。また内乱が起きたらたまったもんじゃない、しかし、成す術がいまいち思い浮かばない、といった内容だ。
その相談は二人にも難しいらしく、だんだんと口数が少なくなっていた。
……あ、そうだ。いいこと思い付いた。
「……あのー、わたしの意見を聞いていただけません?」
「なんだ、起きていたのか」
「はい、邪魔しちゃ悪いと思いまして狸寝入りをしていました……でも、わたしにも何かお手伝いができないか、と思って」
「それで、意見とは?」
「はい……わたしのいた世界では、オリンピック……つまり競技大会というものがあるんです。四年に一度、国の代表者が開催国に集まって競い合うんです。
こっちの世界では、そうですね……弓の的当てとか、剣術、馬術……あとは力で何かを作ったり、だとか……
あとは力で何かを作ったり削ったりするのもいいと思います」
「へえー、そんなものがあるのか」
「はい。世界平和が目的なんですけど、戦争をしなくても競い合えるので血を流さずに済む、ということで長年続いています。まさにピッタリだと思いません?」
「確かにな……」
「3位までのそれぞれの人には、金か銀か銅のメダル……まあ、景品がもらえるんです。とても名誉なことなんですよ」
「ふむ……おもしろそうだな。まさにピッタリだ。カイル殿、やってみる価値はありそうだ」
「……ああ、そうだな。しかし、俺も眠くなって来た」
「あ、あと関係ないんですけど、学校はないんですか?」
「学校?無いな……子供たちが集まらないし。お金の無駄だと却下された」
「子供たちなら、たくさんいるんじゃないんですか?」
「……どこにだ?」
「ああ、孤児のことか」
「さすがですケヴィさん。その競技大会で資金を集めて、学校を立てるんです。どうです?いい意見だと思いませんか?」
「実現までには時間がかかりそうだな」
「学校は遅くても、競技大会ならすぐできますよ。練習をして、参加国を増やせば活気づきますよ」
「おもしろい!その話乗った!俺はすぐに国に帰って会議を開く。おまえたちも考えておいてくれ」
「あ、ああ……」
「さようなら、ラセスさん!」
お店を飛びたそうとしているラセスさんに慌てて声をかける。彼は手を軽く振るとそのまま颯爽と走り去って行ってしまった。
「おまえもよく吹き込めるな」
「吹き込んでませんよ。やるのは本人しかいませんから」
「……俺たちも帰るか。ニック!リック!帰るぞ」
「「はーい」」
さすが双子、ハモった返事が帰って来た。
「じゃあな」
「はい。さようなら」
「「またねー」」
「……はい、また」
皆さん、今のわたしにとって一番酷な言葉をご存知ないでしょう。
それは、またね。
わたしたちにまた、なんてあり得ないんですから。
本当の別れしか存在しない、悲しい現実。
「俺たちも帰るぞ」
「はい。ヘレンさんたちは?」
「まだどこかにいるんだろう。ここからはひとつ上の世代が中心だ。俺たちがいても邪魔になる」
「そうですね。帰りましょうか」
カイルさんはお店から少し離れたところで立ち止まる。
わたしもそれに合わせて立ち止まった。
もうすっかり暗くなり、家の窓からは光が漏れている。
静寂を取り戻しつつあるけれど、まだ熱気は冷めていない。
「……ん」
「え?」
「いいから、こうさせてくれ」
「はい……?」
振り返って手招きをされたので、歩み寄る。そして、隣まで来たときいきなり手を握られた。
少しビックリしたけれど、ふらふらしながら前を歩いていたので内心ひやひやといていたのだ。
「ふふふ……どうしたんですか?甘えたくなったんですか?」
「……かもしれないな」
「へ……」
冗談で言ったのに真面目な表情で返されてしまい逆に焦る。
その青い瞳の中に疎いが見えるのは、気のせい?
「なあ、正直に答えてくれ」
「……はい」
その後手を繋いだまま無言で歩き、城に入りカイルさんの部屋の前まで来た。
軍服でないせいか、なんとなくカイルさんが小さく見える。
「おまえ、俺が好きか?」
「は、へ、へ?」
「俺が、好きか?」
「なっ、ななななんですかいきなり!」
「俺もなんでこんなことを聞いているのか不思議でならないが、答えてほしい。
俺が、好きか?」
いきなり過ぎて上手く息が吸えない。
暴れる胸に手を当てて落ち着こうとするも、効果はない。
「カ……イルさん、は?」
わたしがやっとのことで絞り出した言葉がそれだった。質問に質問で返すという卑怯な手口。
でも、カイルさんは表情ひとつ変えずにわたしを見据えたまま答えた。
「俺は、おまえが好きだ。今すぐにでも抱きたいぐらい、おまえに溺れている」