蒼の光 × 紫の翼【完】


「ねえ、起きてる?起きていたら出て来てほしいんだけど。頭が呼んでるよ?」



ノック音とその声でわたしは起きた。



「今行きます……」



少し声が掠れたけれど、なんとか声を絞り出した。眼鏡をかけてドアを開ける。

そこには頭にニック、と呼ばれていた男の子がいた。気づかなかったけど、背はわたしよりも高かった。


「リビングに行くよ。君に自己紹介してほしいんだ」


ニックさん?はわたしにそう言った。


「ほら、突っ立ってないで来てよ」


ニックさんはわたしの腕を掴んでぐいぐいと歩いていく。

また頭が働いていない。

わたしはなすがままに歩いた。というより歩かされた。


男性の手ってこんなに大きいんだ……


そんなことを考えていると、ニックさんが立ち止まった。気づかなかったけど、ガヤガヤと声が聞こえてくる。


「みんなー!新人を連れて来たよー」


ニックさんがリビングの中に入りながら言った。中からおおー!と声が上がる。

わたしはびっくりして言葉を失った。


人、人、人、それも男の人ばかりの大勢が集まっていたからだ。その無数のいろいろな色を目がわたしを見ている。

わたしが唖然としていると、ニックさんが小声でわたしを促した。


「ほら、挨拶挨拶」

「あ、は、はい……はじめまして、コナーと言います。よろしくお願いします」

「ということはあれだね、君も孤児出身?」

「はい、そうです」



どこからか声がかかったけど、誰かもわからずにわたしは答えた。



「ここにいる人もみーんな孤児だから、気兼ねなく甘えていいんだよ?厳しくもあり、優しさもある集団だからね」

「とか言って、リックは甘やかしすぎなんだけどな。全然厳しくないよ」



ニックさんがリックさんという人に声に答えたようだけど、わたしには人が多すぎてどこにいるのかわからない。 



「ほら、コナーが探してるよ。顔を見せてあげたら?きっと驚くと思うけど」

「そうだね、はじめましてコナー君、僕がリックだよ」



集団の中からひとりの男の人が立った。

ニックさんの言う通り、わたしは驚いた。そこにはニックさんと瓜二つな顔があったからだ。



「そう、僕らは双子なんだ。たまに間違える人もいるけど、瞳の色を見れば見分けがつくよ。僕は青、リックは緑だからね」

「コナーの瞳の色は何?」



いきなりニックさんに核心をつく質問をされてしまった。どうしようか……そういえば、ルーニー君に色素がどうのって言われたっけ。



「ええっと、青色をしているんですけど、色素が薄いみたいで普通の光でも眩しくって……それでこの眼鏡をしています。けど、力は使えません」

「え?珍しいね。力が使えないなんて。ここにいる僕たちのほとんどが使えるよ。
僕は風、リックは水。頭は黒い瞳だから力はもちろん使えない。あとはみんな使えるよ」

「つまり、君と頭だけが力を使えないってことだね」



なんかちょっと複雑だな。みんな力が使えるのか……じゃあ、わたしはあまり足手まといにはなりたくないな。力が使えないからって言って、易しい仕事をしたくない。特別扱いは嫌だ。

ルーニー君には易しい仕事をするって聞かされていたけど、やるからにはちゃんとやりたい。



「力は使えませんが、足手まといにならないように頑張ります!よろしくお願いします!」

「うん、よろしくー!」

「よろしくなー!」

「いつでも力になるぜ!」

「手伝ってほしかったら言うんだぞ!」



わたしが頭を下げると、次々と声がかかってきた。歓迎されるってこんなにも嬉しいことなんだ、と思いながら頭をあげた。

すると、トントン、と音が響いていっきに静かになった。

集団の合間を縫って頭が現れた。どうやら杖で床を叩いたようだ。



「こやつはまだ仕事の内容を知らん。先生役がほしいのじゃが、誰が適任かの?」

「僕が教える!」

「いいや、僕だね!」

「……いや、リックはやめた方がいいって、どうせ甘やかしちゃうんだからさ。年下にはめっぽう弱いよね」

「なにおぅ!ニックだって体力がないくせに。それで教えることをプラスしたら、ぶっ倒れちゃうよ!」

「なんだとぉ!」



リックさんはズカズカとわたしの隣にいるニックさんに近づいて、いがみ合い始めてしまった。おでことおでこをくっつけて、牽制しあっている。

周りの人たちはそんな二人を見て声をあげて笑った。

二人は急に恥ずかしくなったのか、顔を赤くして、ふんっ!とお互い別の方向を向いた。



「おぬしらもようやるのぉ、ニック、リック。気持ちだけもらっておくかの。さて、誰がいいかのぅ……おお、そうじゃ。ケヴィ、おぬしが先生役になれ。おまえしか頼れんわい」



頭は順々に顔を見ていって、ぴたっと止めた。



「頭ー!それはどういう意味ですかー!確かにケヴィは頼りがいがありますけど、しか、は余計ですってー!」

「お?そうかの?みな野蛮で強いからの。コナーが怖がると思うての」

「はははっ!頭ー!ひどいですよー」

「「「はははははっ……」」」
 


ここの人たちはみんな明るい。どんな些細なことでもすぐに笑う。わたしも自然と笑みが漏れた。



「あ、コナーが笑ったぞ!やっぱり子供はかわいいなぁ。癒される……」

「おまえ!遂にホモに目覚めたか!」

「ち、ちげーよ!みんなだってそう思うだろ?な?な?」



言った人が必死に周りに同意を求めているから、またどっと笑い声があがった。



「無駄話もここまでじゃ。明日も早いでの。みなゆっくり休むのじゃ。これにて解散じゃ!ケヴィとコナーはここに残れ。顔合わせをするでの」


その言葉を合図に、みなさんがぞろぞろと立ち上がってそれぞれ戻って行った。


……やっぱり夜だったんだ。最近寝てばっかりで体内時計が完全に狂ってる。


しばらくすると、リビングに残ったのはわたしとケヴィ、頭だけになった。大勢がいっきにいなくなったせいで、やけに静かに感じる。



「コナー、彼はケヴィじゃ。少々口数は少ないが、面倒見はいいやつじゃぞ?ニックとリックを育てたのもケヴィじゃ」

「はじめまして、コナーです」



わたしはぺこりとお辞儀をした。



「ああ、よろしく……」



ケヴィさんは黒髪に赤い瞳をしていた。きっと、火を操れるんだろう。明らかに年上で、背はやっぱり高い。それに整った顔立ちをしている。地上に出れば、かなりモテるだろう。



「明日も早いからの、今日は二人とも休め」

「あの、わ……僕は時計を持っていなくて、時間がよくわからないんですけど、どうしたらいいですか?地下で生活するのは初めてなんです」



体内時計が狂っている今、時計がないと困る。



「おお、すまぬの。地下では時計が使えないのじゃ。磁力がどこからか働いているのか、どうしても狂ってしまっての……我慢せい。
ケヴィは体内時計がしっかりとしておるからの。朝ケヴィが起こすようにするかの」

「わかりました」

「あの……実はさっきまで寝ていてあまり眠くないんですけど……それにお腹が……」


お腹がすいている、と言おうとしたのに、それを遮るかのようにわたしのお腹がなってしまった。

ほんと、ここ何日間かで全然食べられていない。



「そうじゃったの。何かあるかの?ケヴィ」

「今日の残り物のシチューならありますが」

「では、それにするかの。準備してくれるかの?わしはもう寝るでの。後片付けはやらせるようにするのじゃぞ。少しずつやることを教えんといかんからの」

「わかっていますよ。おやすみなさい」

「お、おやすみなさい!」

「ああ、おやすみ」



頭は自分の部屋に戻って行った。足取りが少しふらついている。



「頭は頭でも、もう年だからな。あまり遅くまで起きていられないんだろう。しかし、朝は起きるのが早いが」

「まさに年寄りの特徴ですね」

「あまり年寄りって本人の前で言うんじゃないぞ?けっこう気にしているみたいだからな。ほら食え」

「ありがとうございます」



いつの間にか暖めたのだろう、シチューの入ったお椀とスプーンを渡された。近くの椅子に座る。

ひとくち口に含むと、野菜の旨味とコクが身体に染み込んでいくようにおいしい。

わたしは夢中になって食べた。



「ごちそうさまでした」



そう言うと、隣からクスッという笑いが聞こえてきた。

食べていて全然気がつかなかったが、ケヴィさんがわたしの隣に椅子を持ってきて座っていたようだ。



「な、なんですか?」



わたしがどもりながら聞くと、ケヴィさんはにやっと笑った。



「いや、実にうまそうに食うな、と思ってな。それに最後の最後まできれいに食べるし。
ちゃんと今まで食事の意味を知って食べていた証拠だ。知らないやつはぞんざいに食う。食べ物のありがたみがわかっていない」



頭から口数が少ない、と聞いていたけど、案外しゃべるんだな、と思って見ていたら、急にケヴィさんはむすっとした。



「なんだ?俺の顔に何かついてるか?」

「い、いえ……案外しゃべるなって思って……」

「それはネタがないからだ。話があるときはちゃんと話すし、ないときにそんな無理して話す必要もないだろう」

「そ、そうですね……」

「ほら、ちゃんと後片付けをしろ。お椀とスプーンを洗って、終わったら水気をきっちりと拭いてそこの棚に入れる。同じ食器があるだろ?そこに重ねておけ」

「わかりました」



わたしは言われた通り片付け、ケヴィさんの元へと戻った。リビングと厨房は同じ部屋の中にあった。



「俺はそろそろ寝るけど、おまえは寝られるのか?」



ケヴィさんは大きな欠伸をした後、戻って来たわたしに言った。



「もう少し起きていたいんですけど、やることがなくて……部屋の中を少し確認したいな、と思ったんですけど、あまりうるさくはできないし……」

「いや、存分にうるさくしてもかまわない。野郎だからな、物音ぐらいじゃ起きない」

「そ、そうですか?なら部屋に戻って漁ってみます。おやすみなさい」



わたしがリビングから出て行くと、ケヴィさんも電気を消してなぜかついてきた。

わたしが不思議そうに振り返ると、ケヴィさんは眉を寄せた。



「別におまえの部屋に入るつもりはない。部屋の場所を確認するだけだ」

「そ、そうですね、すみません」



わたしはまた歩き出した。でも、自分の部屋の場所がわからない。ニックさんに引っ張られてここに来たから、ついていくのに必死で全然道順とかを把握していなかった。



「あの……自分の部屋がどこにあるかわからないんですけど……」

「なに?」

「すみません……ニックさんに引っ張られて来たので、覚えていないんです」

「参ったな……」



ケヴィさんは頭をかいて困った顔をした。



「あ、でも、頭の部屋からの道順ならなんとか……」



行けないかもしれないけど、一度通った道だ。自分にかけるしかない。



「それを早く言えよ……行くぞ」



今度はケヴィさんが前を歩き出したので、わたしはついていった。


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