蒼の光 × 紫の翼【完】
リビングではいい香りとガチャガチャと食器がぶつかる音、それから笑い声が響いていた。
「あ、ケヴィさん、コナー!こっちこっち」
声がした方を見ると、ニックさんとリックさんがわたしたちに手招きをしていた。二人の周りの椅子は空いている。とっておいてくれたようだ。
わたしがその方に行こうとすると、襟元をグイッと掴まれた。
「飯をとってからだ」
「あ、そうですね」
わたしたちはご飯を受け取った。
パンとサラダと牛乳。メインディッシュは魚のソテーかな?
でも、でもね……
「こんなに食べられないです……」
パンはロールパンなんだけど、4つもトレーに乗っていて、サラダは山盛りにドレッシング大量。牛乳はセルフサービス。魚は半身まるごと。その半分でいいんだけどな……しかも元々大きな魚みたいだし。
「あ?食べないと身が持たねぇぞ?」
ケヴィさんはニックさんの隣にドンとトレーを置きながら言った。
わたしはリックさんの隣に座って、ケヴィさんと向かい合う形になった。
「いえ、わ……僕はまだ子どもなので……」
危ない危ない。わたしって言うところだった。
「え?コナー君いらないの?じゃあ僕もらってもいい?」
隣に座っているリックさんに言われた。
「はい、こんなにいらないので……」
「やったー!」
リックさんはパンを1つとサラダを半分程、魚も半分ぐらいとった。
「ラッキー!」
「リック!食べ過ぎじゃないか?」
「へーひへーひ」
「もう食べてるし……」
ニックさんは困ったような顔をしたけど、すぐにニヤリと笑った。
「じゃあ、仕事代わりにやってもらおうかな」
「え!なんへほうなふほさ!」
「……リック、食べながらしゃべるなといつも言っているだろう」
「……す、すみません」
ニックさんは口に入っているものをゴックンと飲み込んでから、ケヴィさんに謝った。
「……コナー、食べるの速いね」
「え、そんなことないですよー。量がみなさんよりも少なかっただけですって」
わたしは顔の前で手を振った。おいしくてついつい箸が止まらなくって……
「いやいや、尋常じゃないくらい速い!」
「いえいえ」
「だって、ケヴィさんも食べるの速いけど、それよりも速いしきれいに食べてるし……」
「それにうまそうな顔して食うよな」
リックさんの言葉の後に続けて、ケヴィさんが付け足した。
「そうそう。おいしそうに食べてる……って、ケヴィさんもう食べ終わってる!」
「ごちそうさま」
「あ、ごちそうさまでした!」
ニックさんとリックさんはまだ食べている。ありゃ、ほんとにわたし食べるの速いのかも。
……ん?うまそうな顔?うまそうに食べる顔じゃなくて?
「あの、ケヴィさん?」
「なんだ?」
「わたしの顔はうまそうなんですか?うまそうに食べる顔じゃなくて?」
「うまそうだろ、ソテーのくずを口の端に付けたままなんだからな」
「……うわ、ほんとだ」
「それに、そこまで気にするな」
「……?はい」
なんだか念を押されたような気がしたけど、まあいいっか。
「「ごちそうさまでした!」」
おお!流石双子!揃った!
「やっぱりニックは食べるの遅いね。僕の方が量多かったのに」
「そこは……認めるよ……じゃあ、水汲みお願いねー」
「え!ちょっと待ってよ!どうしてそうなるのさ?」
「食べた分働かないとね!」
「え、酷くない?でもまあ、動かないとお昼ご飯がお腹に入らないか」
「そうそう」
ニックさんとリックさんのそんなやりとりを聞いていると、目の前に座っているケヴィさんが立ち上がった。
「あれ、どこに行くんですか?」
「便所だ」
「あ、僕も行きます!それにまだ場所知りませんし」
「よくそれで平気だったな」
「あ、確かに……」
でも、あまり水分をとっていなかったのは事実な訳で……
「場所っつっても、リビング出てすぐだけどな」
「あれ、ここ何回も通ってました」
「もっと周りをよく見て歩けよ」
「す、すみません……あの、1つ確認してもいいですか?」
「なんだ?」
わたしはケヴィさんに手招きをして、耳を近づけさせて小声で話した。
「女性用って……」
「あるわけないだろ」
「それって普通に困るんですけど……せ、生理の時とか特に……」
「……」
頭の上からチーンという音が聞こえてきそうなくらい、わたしたちの周りの空気が暗くなった。
「……おまえ、俺が男だってわかってるよな?」
「はい、それは重々承知しています……けど、頼れるのがケヴィさんしかいなくて……」
「……もし俺にまだバレていなかったらどうするつもりだったんだよ……」
「……想像したくありません」
はあ……とケヴィさんはため息を吐いた。
「地下の便所には洋式はあるが、ほとんど使われていない。おまえだって、そこに入って音を聞きたくないだろう?」
音……はい、聞きたくないです!断固拒否します!嫌です!寒気がします!
「なら、地上の便所を使うしかねぇな。あそこは誰もほとんど使わないから、ゴミ箱を置いておいてもあまり騒がれない。それに一応来客用だからな、女性用もある」
「あるなら早く言ってくださいよ……」
「しかし、誰も掃除してないんだよな。まったく」
「……」
うーそーでーしょー!そんなところ使いたくないー!!
「なら、わたしが掃除します!してみせます!今から掃除をしに行っても良いですか?!」
「……ああ、かまわないが」
「それではいってきます!」
「あ、おい……」
ケヴィさんの呼び止めた声はわたしには聞こえなかった。彼が伸ばした手は宙に浮かんだまま、パタッと下ろされた。
「道、わかってんのか……?」
案の定、迷子になってしまったわたしはケヴィさんに救助されて、二度と勝手に突っ走るな!と怒鳴られ、無事に地上に生還したのだった ……