蒼の光 × 紫の翼【完】
午後はどうやら牧場に行くらしい。
「牧場?……は流石に地上ですよね?」
「あたりまえだ」
「ですよねー……」
また寒い外に出るのかと思うと、鳥肌がたってきた。
「ちゃんと上着を着て、帽子も被れよ。誰が見てるかわからないからな。眼鏡も極力外すな」
「わかりました」
……牧場に到着!案外近かったな。
「何をすればいいんですか?」
「牛の監視。逃げ出すやつがたまにいるからな。柵をぶっ壊してそのまま行方不明も珍しくはない」
「ひぇ~」
わたしたちは牛舎の隣にある小屋の中に入った。
「交代だ」
「ああ、ケヴィ。やっと交代か、腹ぺこぺこだぜ」
「昼飯は丼ものだったから、期待しとけ」
「おお!じゃ、頼んだぜ!コナーも頑張れよ!」
「はい!ありがとうございます」
小屋の中にいた人は走って行ってしまった。
「俺らも午後はここでずっと監視だ」
ケヴィさんはどかっと椅子に座った。
わたしも椅子に座って、いろいろ質問することにした。
「他にも家畜はいるんですよね?」
「ああ、牛って言っても、ここにいる乳牛もいれば肉牛もいる。鶏も食用と鶏卵用。豚もいるし、羊もいる。馬はもっと城に近いところにいるが」
「随分といるんですね」
「あたりまえだ。国王の所有する土地の中の牧場だからな。とれた産物は城に支給している」
「へえ~。野菜もですよね?」
「ああ。それに果物も育てている。茶葉もな」
「すごい。お茶って管理がたいへんだって聞きますけど」
「水をたくさんやって風を送り、気温もなるべく均一にする。それができるのは力があるからだ。水、風、火。この3要素が揃っているからこそ可能なんだ」
「ほぇー。やっぱり能力ってすごいですね」
「だからここの庭師は力を使えないとやっていけない」
「うっ……わたしは使いものにならないんですね、本来は」
「だから、男のフリをしている理由を教えろって言っているんだ。理由次第でおまえが使いものになるように俺が手助けしてやる」
さりげなーくその話題になってしまった。
「うう……ズルいです。さりげなくその話題を振るなんて」
「あ?俺だってまだ頭以外にはアルバートとの関係を言っていないんだが?お互い様だ」
わたしがそれにも反論を言おうとしたとき、誰かに呼ばれた気がした。
耳をそばたてる。
「どうした?」
「なんだか、呼ばれたような……」
「気のせいだろ?」
「そう、ですかね?……」
小屋の窓から牛たちを凝視していると、みんながいっせいにわたしを向いた。
「うお!怖……」
「……たいへん!早く助けましょう!ケヴィさん!」
「な、なんだ?」
「早く!」
わたしは額に汗をかきながら、ケヴィさんの腕を引っ張った。理由は後!急いでください!
「……まったく、あとでちゃんと話せよ」
「わかってますよ!」
わたしたちは小屋を飛び出して雪の中を走った。
だんだんと近くなっている。
「まだか?」
「しっ!静かに……あそこを見てください」
わたしはケヴィさんに指で指し示した。
「ヤバいな……」
わたしたちが今見ている先には、一頭の子牛と取り囲むようにして立っているキツネ。
子牛が柵の下を潜り抜けて脱走した後、迷子になりこんなことになってしまったらしい。さっきのケヴィさんの話を聞いていたから、心配になった。
母牛が心配しているところにわたしが来て、助けを求めてきた。さっきの男の人は気がついてなかったみたい。
でもまさかこんなことになっているとはわたしも思っていなかった。
「厄介だな……」
ケヴィさんがそう呟いたけれど、わたしにはもうやることが決まっていた。
「やめて!殺さないで!」
「あ、おい!……」
わたしは隠れていた茂みから進み出た。
「ケヴィさんも来てください」
「なんだと?」
「わたしだって怖いんです……!」
わたしと言ってしまったけれど、仕方ない。事実、怖いのだ。キツネたちからは言葉は聞こえない。それほど理性を失っているということだ。
おそらく、何日も食べていないのだろう。
しかし、子牛からは声が聞こえてくる。
『ママ……恐いよぉ……助けてよぉ……』
それをなんども繰り返し言っている。どうやら足がすくんで動けないようだった。
わたしはケヴィさんにもう一度言った。
「わたしだって、恐いんです。けど、誰が助けるんですか」
「……俺たち、だろ?」
ケヴィさんは不適に笑って、わたしの隣に歩いて来てくれた。
そのままわたしたちは進む。
「やめて、お願い、殺さないで」
『グルルルルルル……』
だめだ、声が届いていない。わたしたちに気づいてもいない。仕方ないな……
わたしは眼鏡を外して、雪の地面を強く蹴るようにして足で叩いた。
「おい……」
ケヴィさんが声をもらしたけれど、今はやるしかない。
いっせいにキツネたちのギラついた目がわたしたちを見る。
わたしはたまらなくなり、隣にいるケヴィさんの手を握った。
「……」
ケヴィさんは一瞬手に力を入れたけれど、それを緩んで強く、力を与えるようにして握り返してくれた。
わたしにはそれだけでも、勇気が湧いてきた。
「やめなさい」
『グルルルルルル……な、ぜだ』
一匹のキツネがわたしの目を見て言ってきた。
「それはわたしのもの。勝手に食べることは許さない」
『これは俺らの獲物だ!邪魔をするな!』
「聞こえなかったの?それはわたし、紫姫のもの。ちゃんとわたしの目を見なさい!」
わたしがそう言ったとたん、キツネ達の目から憎悪の光が抜けた。
『ひ、姫……』
『姫だ……』
『あたしらはなんてことを……』
『こ、殺される……もうおしまいだ……』
「殺したりはしない。見逃してあげる。けれど、なぜこのようなことをしたの?山には食べ物がたくさんあるでしょ?」
すると、キツネ達の目に強い感情の光が輝きだした。
『人間が、俺たちの獲物を捕る』
『必要以上に捕る』
『だから、獲物が足りない』
『子供たちが、死んでいく』
……なるほど、乱獲、か。それでこんなところにまで山から降りてきてしまっているのだろう。
「わかった。今獲物を譲ってあげるから、今日はもうおかえり」
わたしが優しくそう言うと、キツネ達はわたしの前に並んでふせをした。
『心遣い、感謝する』
リーダーなのだろうか、いちばん大きなキツネが話しかけてきた。
「ちょっと待っててね。今持って来るから。ケヴィさん、小屋の中にあった干し肉をとってきてください」
「……おまえが行けと言いたいところだが、仕方ない」
ケヴィさんはわたしの手を離して走って言った。
「もう、大丈夫だからね」
わたしは子牛に近づいて、しゃがんで背中を撫でてあげた。
『姫……』
子牛はわたしの肩に頭をすり寄せてきた。
「もう、大丈夫だから……」
今度はその頭を撫でてあげる。
「今回だけだよ、キツネさん達。次はもう情け無用だからね。すぐに追い払うから」
『承知している』
「山には獲物がいないって本当?」
『左様。この国の者ではない人間が数日前から居座り、次々と捕獲していった。我らキツネも、毛皮のために仲間が命を落とした』
『酷いのだ……』
『従兄弟が殺られた』
『祖母が……』
どうやら深刻な問題のようだ。
その後もわたしはキツネ達から話を聞いて、干し肉をあげて帰ってもらった。