蒼の光 × 紫の翼【完】
「やっとか」
「やっとですね」
わたしたちは今、城の門の前に立っている。
街でアルさんと会ってから3日も経っていた。
「やあ、待たせたね」
「まったくだ」
門が開いたと思ったら、アルさんが颯爽と歩いてきた。髪の色はもとに戻っている。
「なぜこうも時間がかかるんだ」
「……それほど厳重なんだよここは。王様がいること忘れてない?」
「忘れるわけがないだろう。大勢の兵士がここを守っていることはわかっている」
「元軍人さんだもんね」
「さっさと行くぞ」
アルさんの話によると、不可解なことが立て続けに起こって、許可書だ云々は後回しにされてしまったらしい。
「僕たちも忙しいんだよ。カノンに会いに行きたかったけど、なかなか行けなかったんだ」
「変装中にばったり出くわしたがな」
城内にコツコツとわたしたちの靴音が鳴り響く。
「あの……こんなに静かなんですか?城って」
さっきからキョロキョロと見回しながら歩いているけど、まったく人の気配がしない。
悲しくもわたしたちの靴音が響いているだけだ。
「今はね、ちょうど人が出払っててみんないないんだ」
「たいへんですね」
そういえば、よく見るとアルさんの目の下に隈がうっすらとある気がする。
「はあ……まったくだよ。さあ、着いたよ。カイルとルーニーとリリーちゃんもいるから」
「リリーちゃんもですか?!やったー!」
わたしが喜んでいると、ケヴィさんが失礼にもノックなしに扉を開けた。
「ちょ、ケヴィさん?!」
「……ノックぐらいしたらどうだ、ケヴィ」
久しぶりに聞く低い声。
「あ、カイルさん!」
「カノンはやっぱりカノンだな。おまえの声がすげぇー中まで響いてたぜ」
「ルーニー君!」
「カノン様、お久しぶりです。少し痩せましたか?でもお元気そうで何よりです」
「リリーちゃん!みんな久しぶり!」
わあー、みんなほんと、少し見ない内に……
「……なんか、やつれてない?」
「見りゃわかんだろーがバカ」
「はい、恐れながら。最近忙しくて……」
「…………」
ルーニー君はなんだか覇気がなくて、リリーちゃんもなんだか顔に影が差してるし、カイルさんは無言だ。
……大丈夫?
「よし、これから大事な話がある。おまえたちもそのことで忙しく飛び回っているんだろう?」
「……リチリア、のことか?」
「ご名答」
ケヴィさんが切り出すと、カイルさんがため息混じりに言った。
わたしとケヴィさん、アルさんはそれぞれソファーに座って一息ついた。
門からこの部屋まで、それなりに距離があったのだ。
その間にリリーちゃんはお茶を淹れてくれた。
どうやらハーブティーみたいだ。
「ありがとう、リリーちゃん」
「はい。ハーブティーですので、少しは落ち着くかと」
「ああ、もうほんと、紅茶なんて久しぶり」
みんなそれぞれのタイミングでひとくち飲んだところで、カイルさんが口を開いた。
「……で?リチリアがどうした」
「山で乱獲をしたらしい。おまえたちが手こずっていたおかげで、随分前の情報になってしまったがな。
それを知るきっかけになったのが、こいつの力だ」
「紫姫の力か……」
カイルさんは考え深そうに手を顎に添えた。やっぱり絵になるなー……え、でも待てよ?
「え、ちょ、待ってください。ルーニー君とリリーちゃんは紫姫のことを知っているんですか?」
「当たりまえだ。おまえを城から出すときにはすでに知ってたさ」
「はい。黙っていて申し訳ありません」
「……あのさ、紫姫の話って忌み事であり、王族しか知らないんでしょ?そんなに公表しちゃっていいの?」
「緊急事態だよ、カノン。紫姫が実際に現れたら、少しでも信頼できる人物は必要だよ」
アルさんに指摘されて、わたしは口を閉じた。彼らなりにちゃんと考えがあってしたことだ。わたしが口出ししていいことじゃない。
「話は少し長くなるが、寝るなよ?」
「……ああ。努力する」
「……本当にお疲れなんだな」
ケヴィさんはあのキツネの一件をみんなに話した。わたしもたまに補足を入れて、包み隠さず全部話した。
「……なるほどな」
カイルさんがまたため息混じりにそう言った。
「あ、それから、わたしは発見されたとき雪に埋まってたじゃないですか?それってそのリチリアの軍人さんのせいみたいなんです」
「え、どういうこと?カノン」
「わたしよりももっと山の上のほうにいた軍人さんのひとりが足を滑らせたらしいんです。幸い落っこちませんでしたが。
でもそのときに崩れた雪がやがて小さな雪崩になり、わたしの頭上にピンポイントで流れて行った……らしいです。
キツネさん達と話をしているとき、近くの木が話してくれました」
「おまえ、運悪すぎじゃねーか……」
「いやいや、そんなことないよ!わたしはちょうど、木に背中を預けるような感じで気絶していたから雪崩は直に当たってないんだから!
それに、わたしがもたれ掛かっていた木がシリウスを呼んでくれたから、わたしは生き埋めにならなくて済んだんだよ」
「それで、シリウスが爆走したと……」
「ほんとほんと、あのときのシリウス怖かったもん」
わたしはその話を聞いて、意識が飛ぶ寸前、確かに地面が揺れてたなーと思った。
「話はこれで終わりだ。今度はそちらの話を聞かせてもらおうか。手伝ってやれるかもしれないからな」
「そ、その前に少し寝かせて……ギブアップ……」
と同時に、アルさんは寝てしまった。
「え、大丈夫ですか?」
「…………」
「もう寝てる……」
「……みんな寝ていやがる。よほど寝不足だったんだな」
「えー……あ、そうだ。今のうちに掛けちゃおう」
「なにをだ?」
「じゃじゃーん!これです、オーロラ石」
「……ああ、宝石店で何か買ったようだったが、それだったのか」
「ケヴィさん、掛けてみてください」
「……俺は似合わないと思うが」
「それでもいいです!何色になるかなぁ……」
わたしはケヴィさんが首に掛けている間、みんなにもこっそりと掛けた。
「あ、ケヴィさんは青色なんですね」
「そうみたいだな。にしても不思議だな。色が染まるとは」
「はい!……でもやっぱりわたしはこの色でした」
わたしは紐を引っ張り出して、石を見せてあげた。
「ぷっ……ここまで来ても紫か」
「あ!笑わないでくださいよー」
「いや、笑ってはいない。吹いただけだ」
「……どっちも変わりませんよ」
「なーんか、賑やかだね。僕も混ぜてよ」
いつの間にかアルさんが起きていた。
「あ、起きましたか。でも10分ぐらいで平気なんですか?」
「……正直ツラいけど、寝るならやっぱり夜かなって思って……ふあぁぁぁぁぁ……」
「おもいっきり欠伸が出てますけど」
「らーいじょうぶ大丈夫……」
「くはあああ……寝たのは久しぶりだぜ」
「はい、少なくとも1日は寝ていませんね」
「…………」
「カイルー早く起きろー。君には前科があるんだからねー……」
「……ちっ」
……カイルさん、まさかの狸寝入りでした。
「あら?いつの間にか首に石が掛けられていますね」
リリーちゃん!よくぞ指摘してくれました!
「街で買ったお土産でーす!オーロラ石って言うんですよ。今人気爆発中です!」
「へえー、これが例の……」
「リチリアが出荷しているという石か」
みんなはなぜかこの石を知っていたようだ。
「ええーっと、ルーニー君が黄色でリリーちゃんがオレンジ。アルさんが緑でカイルさんが赤……うーん、なんとなくみんなそうかも」
「ククッ……アルバートが緑か。おまえは黒って感じがする」
「どうしてかな?カイル」
……なんだか雲行きが怪しくなってきたかも。