蒼の光 × 紫の翼【完】
なぜなら、あの黒いにこにこ顔をアルさんがしているからだ。
ルーニー君はその顔を見て青ざめている。
「そのままの意味だ。腹黒いだろ」
「僕は策略家だからね。ポーカーフェイスを扱えないと、側近は勤まらないよ。
カイルは赤?へぇー。やるときはやる男だからね。
激しく、情熱的に」
「……それはどういう意味だ?アルバート」
カイルさんの眉間がピクッとひきつった。
「そのままの意味だけど?やるときは激しいよねー」
「……黙れ。人のことを言える立場ではないと言っているだろうが」
「そっちこそ、力を使ってくるなんて卑怯じゃない?」
アルさんをよく見ると、髪の毛の先が少し濡れているような気がする。
しかし、この展開を遮ろうと進み出る人はいない。二人から黒いオーラが見えるからだ。
「ふん。そちらも力を使っているだろう。俺の髪の毛を少し掠めただろうが。
昔の俺だったら、抑えきれずに水圧でおまえを叩きつけているだろう」
「昔の僕だったら、掠めるどころか全身をズタズタにしていただろうね。今はコントロールできるようになっているけどさ。ありがたく思ってね」
二人の激しいいがみ合い。でも内容のレベルが低い感じもしなくはない。
……仲が良いんだか悪いんだか。
わたしたちは固唾を飲んでことのなり行きを見守った。
「おい、おまえらいい加減にしろ。内容がくだらない」
「「は?」」
二人はケヴィさんの言葉に揃って返した。同じ表情をして……
「あ?なんだその言い方。文句あんのか?」
……なんだかよくわからないけど、ケヴィさんの機嫌を害したらしい。
なんだかもうどうでもいいや。
と、そのとき、カイルさんとアルバートさん、二人の目の前で火花と水蒸気がそれぞれ舞った。
「何をするんだケヴィ。危ないだろうが」
「そうそう、城が火事になったらどうすんの?」
「もういいだろう。それに二人ともうまく防いだから火事にはならない。二人が本気を出した方が大惨事になる」
「は?ちょっとそれはおかしいんだけど。自分の家を吹き飛ばす人いないでしょ」
「何が言いたいんだおまえ。ここは国王が住まう城だ。今は不在だがな」
三人の目の前に火花が見えるー。
ていうか何この痴話喧嘩。正直くだらない。くだらなさすぎる。時間の無駄。早く終われや!
でも……
「あのー、ちょっといいですか?」
「「「あ?」」」
わー、さっきの二人と同じ顔してるよ、ケヴィさん。
「さっきから暑いんだか寒いんだか涼しいんだかよくわからないんですけど。それにティーカップを置かせてもらってもいいですか?」
そう、わたしがハーブティーを飲んで置こうと思ったら、いきなり炎と水と風の壁ができて、ティーカップを置くに置けない状態が続いていたのだ。
「あ、ごめんね、カノン。君を傷つけちゃいけないって思って、無意識に壁を作ってたみたい。たぶん二人もそう」
「……」
「……」
……どうやらホントに無意識のようだ。
わたしを囲っていた壁はアルさんの言葉と同時に消えた。
すると、リリーちゃんがふふっと笑った。
「どうしたの?」
「いえ、失礼いたしました。みな様はカノン様を大事になされているのだな、と思いまして」
「どういうこと?」
「お三方はカノン様がお好きなんですよ」
「……は?え、ちょ、え、待って、え、え?」
「「「……」」」
その言葉を聞いた瞬間、三人は非常にばつの悪そうな顔をした。
「アルバート、それはイケナイことだ。おまえには許嫁がいるだろう。欲求不満なのか?」
「カーイールー!」
「……やれやれだな。この間カノンを抱き締めただろうが。やはり欲求不満だな」
「ケヴィー!」
「……(兄貴がおされてるとこ初めて見たかも)」
「……(なんだかおもしろくなってきた!)」
「え、何?欲求不満って?」
わたしのそんな一言を聞いたみんなは、わたしを見てため息を吐いた。
「え?何?」
「……おまえそれでも女かよ」
脱力したような顔をしたルーニー君に言われてしまった。
「え、ひどい!これでも正真正銘17……歳……の……ってあれ?今日って何月何日?」
「8月9日でございます、カノン様」
「え、嘘?!」
「ああ、ここは夏でも雪は降るんです。北に位置しますし、山に囲まれていますので」
リリーちゃんはわたしが季節と日付が合っていないことで驚愕したと思ったようだ。
けれど、そのことで驚いたのではない。
「実はさ、誕生日の前の日にこの世界に来たのね。だから、もしかしてわたしは知らず知らずの内に18歳になってたのかなって……」
「はい、多分そうなりますね」
リリーちゃんにスパーンと言われてしまった。
……ガーン!嘘でしょ?!ぜんぜん実感湧かないんだけど!
「ショック……」
「誕生日?いつなんだ?」
「……7月23日です……」
項垂れていたわたしにケヴィさんが聞いてきたので、正直に答えた。
「随分前だな。そうすると、おまえがこの世界に来たときはすでに過ぎていたことになる」
……そんなにはっきり言わなくてもわかってますよカイルさん。
「……」
「まあまあ、気にしない気にしない」
アルさんが慰めてくれてるみたいだけど、今のわたしはなんだかイライラしているようだ。というより八つ当たりしたい気分だ。
「……許嫁がいたんですね、美人なんですか?」
「え、どうしたの突然」
「答えてください」
「まあまあ、いや、結構美人だよ。相思相愛の政略縁談だから不満はぜんぜんないね」
「へえー、それはよかったですね。わたしはずっとチビだの童顔だのぺちゃんこだのドジだのバカだのアホだの言われているので、美人とはほど遠いです。
なのでそんなわたしに恥ずかしげもなく恥ずかしいことをしないでください」
「……悪かったよ、抱き締めたりなんかして。浮気じゃないから。
妹がいたらこんな感じなんだろうなーとか思って」
「やっぱりわたしは子供っぽいってことですよね」
「……カーノーン、どうしたの突然。なんでそんなに攻撃的なの?僕なんかした?」
「いえ、なんだかイライラしてしまって。
低レベルな喧嘩を目にして我慢できなくなっただけです。わたしとしてはなぜイライラするのか心当たりがありますので、お手洗いに行ってきます」
わたしは早口にそう言い残すと、みんながいる部屋を出ていった。
「……なんなんだ、いったい」
「リリー、あいつについて行ってやれ。恐らく迷子になって廊下で後悔しているだろうからな」
「はい、わかりました。失礼いたします」
リリーちゃんはケヴィさんに言われてわたしを追いかけに部屋を出た。
「だからなんなんだあいつは」
カイルさんが半ギレでケヴィさんに聞いた。
「生理なんだよあいつは。女性はそれになるとイライラするときがあるんだと。俺たちにはわからないけどな。
あいつは妙に生理にこだわっていたな。トラウマでもあんのか?」
そんなデリカシーの欠片もないことをサラりと公言されているとは、わたしはこのとき思いもしなかった──────