蒼の光 × 紫の翼【完】




「だから!紫姫が現れたんだよ!リチリアに!」

「バカ野郎!声がでけぇ!」

「……二人とも大きいです。さ、さあ、とりあえず、す、座りましょう」

「……ぜんぜん平然を装えていないけどな」




ケヴィさんの言葉はもっともだが、まず落ち着くのが先決。わたしはさっきの切り株に、二人はその切り株の倒れた幹のところにそれぞれ座った。




「……確かなんだろうな?それは」

「だからさっきから本当だって言ってるじゃない。紫姫がいるって言った瞬間、死にたいって呟いていたスパイが急に自分の世界に入っちゃって陶酔しきってるんだもん。
見てるこっちが気持ち悪くなるくらい。美しい……とか、女神だ……とか。
ずっとそんなこと言ってるから、また牢にぶちこんでおいたけどね」

「じゃあ、リチリアでは紫姫が一般公開されてるってことですかね?」

「おそらく、ね」

「見せ物じゃないはずだがな。しかし、紫姫本人がそう望めば、ありえるか」

「だね。だからさ、コナーにお願いがあるんだけど……というか、こっちがメインかもしれない」

「なんですか?」




わたしが首をかしげると、アルさんは頭を下げてきた。




「リチリアのパーティーに出席してほしいんだ!」

「ええっ!無理ですよそんなの!瞳の色がバレてしまいます!」




不特定多数の人と話したり踊ったりしなければならないパーティー。

それはわたしの勝手な印象だけど、少なくとも危険はつきものだ。




「そこは大丈夫!その眼鏡をかけて大きめの帽子を被れば平気だよ。それにカイルの同伴者だから、そうそう手は出されないよ」

「カイルさんの同伴者?それって……」

「カイルの気になる人みたいな……あはは」

「……お断りします」

「ええ!どうして?」




どうしてもくそもあるかい!それってつまり、つまり……




「カイルさんの現恋人ってことになるんですよね?!」

「そうだけど?問題でもあるの?イケメン王子にエスコートしてもらえるんだよ?カイルの隣を狙っている女なんていくらでもいるんだよ?」

「わたしは少なくとも狙っていません!それに変な噂がたったら外を歩けなくなるじゃないですか!」

「そこをなんとか!」




アルさんは手を合わせて再度頭を下げてきた。

わたしはそんなことはしたくない……けど……


彼らは命の恩人だ。


わたしを助けてくれた。紫姫だったってこともあるだろうけど、でも、親切にしてくれた。


ふと、あの山小屋で鹿肉を食べていたときのことを思い出す。

カイルさんのきれいな一瞬の笑顔……



もし、行かないというわたしの判断で取り返しのつかないことが起き、その笑顔が苦痛で歪んでしまったとしたら……

今のわたしにはなぜか最悪の状況しか頭に浮かんでこなくて、断ったことに後ろめたさを感じた。



そんなわたしをケヴィさんは黙って見ている。




「……やっぱり、だめ……かな」

「……いいえ、行きます。行かせてもらいます」




うつむきかけていたアルさんはわたしの言葉にパッと顔を上げた。




「本当?本当に行ってくれるのかい?僕は城を守らなくちゃいけないから、ついていけないけど、でも、カイルをお願いできる?」

「はい!命の恩人ですから。恩を仇で返すようなことはしません」

「よかったぁ。じゃあ、決まりだね。あと1週間もないけど、でも、頑張って!当日に迎えに来るから。
でもその前に城に来てほしいんだけど……」

「いつでもいいですよ。準備とかがあるんですよね」

「うん。そうなんだ!じゃあまたね」




アルさんはそう言うと、指笛を吹いて愛馬のハリーを呼んだ。

ハリーに跨がったアルさんは満面の笑みで手を振った後、爽快と走り去って行った。




「……お人好しだな、おまえ」




ケヴィさんがアルさんを見送って歩き出したとき、そう呟いた。




「バレたらどうすんだ。偽物だって疑われたらたいへんなことになるんだぞ」




ケヴィさんはなんだか怒っているようだけど、わたしはこれで良かったと思っている。




「そのときは、そのときです。成せばなるです。それに、後悔はしたくないんです。やらないで後悔するよりやって後悔したいんです」

「……それがおまえの答えか」

「はい。ケヴィさんもそう思いませんか?」




ケヴィさんはわたしの言葉に一瞬詰まったけれど、にやりといつも通りに笑った。




「そうだな。だからおまえはいつも迷うのか。猪突猛進すぎて周りを頼ろうとせず、自分で解決しようとする」

「……どうしてそうなるんですか」



わたしはそっぽを向いて膨れた。




「考えるよりまず行動ってことだよ!」

「痛いですぅ……だからでこぴんしないでください……」




そっぽを向いていたはずなのに、いきなり指がにゅっと伸びてきて、わたしのおでこを弾いた。




「その考えているときが命取りになる。戦いの場でもそうだ。一瞬でも考えると、隙ができる。だから戦士はまず直感で動くんだ。
それは経験がものを言うが、獣的な思考を持てないと、人を殺れない。
人の思考を持ちながら大量虐殺するやつらは、人でなしであり、悪魔だ」

「…………」




力で相手を翻弄し、断末魔を聞く。

夢に何度も亡霊が出てきては、罵る。

……おまえの命も紙一重なのだ、と。

死者の亡霊は一生涯まとわりついてくる。

それを背負うのも戦士の役目。ただ殺すだけじゃない。

その殺された人には家族や友人、恋人がいて、そんな人たちの念も、罵りにやって来る。

……おまえが死ねば良かったんだ。さっさと殺されてしまえ!

それが殺り合い。後悔の連続。自分はなぜこんなことをしたのか……



でも、それはやった後の後悔。

人は守るために戦うのだ。

もし、自分が戦わなかったら、大切な人が殺されていたかもしれない。

あのときああしていれば良かった、と後悔しても誰も慰めてはくれない。

なぜなら、その誰かはもうすでに…………



やった後に後悔するのは確かに苦痛だ。でも、守りきれた大切な人たちがいる。

きっと、手を差し伸べてくれるはずだ。



わたしが迷子になれば、ケヴィさんが、リリーちゃんが道を標(しる)してくれた。

自分は1人じゃないって思えた。


それだけで、前に進める。後悔をした後には必ず何か良いことがあるはずだ。

例えば、喜び、歓声、慰め。



これらは殺し合いでの話だけれど、他のことでも言える。

勉強に時間を費やせば、我慢をしなければならないこともあったけど、きっといつかは報われる。

練習をして怪我をしたり、ナーバスになったりしたけど、この功績はそのとき堪えられたから。

長い長い道のり。でも、ゴールには必ず何かが待っている。



しかし、その逆はどうだろうか。最短経路を経由して、果たして達成感はあるのだろうか。

ありとあらゆる争い事を避けた人生に、達成感があるのだろうか。

のらりくらりと、刺激のない平穏な毎日。

わたしだったら、そんな毎日に嫌気が差すだろう。



とにかく、わたしはやって後悔したい。

その後悔は結果だから。

やらないで後悔することは、それは結果にはならないと思う。

この小さなたまごだって、雪の中から救出しなかったら、今ごろは冷たいただのカルシウムになっていたに違いない。





わたしはそんなことを頭の中でループさせながら、黙々とケヴィさんの隣を歩いた。


わたしのこの選択が、間違っていないことを信じて─────








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