蒼の光 × 紫の翼【完】



……ですよね~。

はい、わかってましたよそんなことは。

でも、かなりヤバいんですけど……




「いった~い……」

「ほらほら、筋肉痛を起こしてる場合じゃないでしょ。本番は明日なんだから」

「わかってますけど……」



アルさんは早速、約束をした次の日に迎えに来た。

何をするんだろうと思って、のこのことついていったらなんと、ダンスの練習やら近隣の国のことやらを覚えなければならないという事態に。

今はダンスの練習中なんだけど、積み重なった筋肉痛のピークが今ごろやって来た。


……もっと早くに来てほしかった。年は取るもんじゃない。




「はいはい、んじゃ、最終手段だね」

「さ、最終手段?!」




アルさんの最終手段と聞いていい響きはしない。

逆に怖いよ……




「カイルがそろそろ来るはずなんだ」

「え、カイルさんが?」

「そうそう。本番のリハーサルみたいなものだよ。二人の息が合わないとダンスは踊れないし、本番でカイルの足を引っ張りたくないでしょ?」

「はい……」




でも、それと最終手段となんの関係が……?




「あ、来たみたい」



二人の兵士さんが練習している部屋のドアを開けた。二人ともたくましい体躯をしている。



「……なんだアルバート。こんなところに呼び出しやがって」

「ごめんごめん。一度でもいいからカノンと踊ってほしくて」

「……そいつ踊れんのか?」

「なっ!し、失礼な!5日間も練習してるんですよ?!」

「俺は産まれたときからやっている」



……そんなことを言われたらぐうの音も出ない。貴族の特権みたいなものだから。



「……というか、わたしはもう隠される必要がないんですね」



わたしはドアのところに突っ立っている二人の兵士さんをちらっと見た。



「まだ限られた者しか知らないが、今度はもう好き勝手に噂が流れているようだな」

「その方が現実味が増すってもんじゃない?ただの噂ではなく本当のことですよって」

「……わたしはカイルさんの恋人じゃないです……」




まだそんなに会ったことないし。

というより、今思ったんだけど……




「なんでわたし同伴なんですか?まだ理由を聞いていないんですけど」





なんだか自分で勝手に思い悩んで納得して返事をしてしまったけど、そもそもの理由を聞いていない。


わたしが聞くと、アルさんが近づいて来てこそっと教えてくれた。




「偽物の紫姫を見て来てほしくてね。紫姫が二人なんておかしいと思わない?それにタイミングが良すぎると思うんだ。
災害が起きた後に紫姫現る!なんて、できすぎてるよ。どこで紫姫のことを知ったのかはわからないけど、紫姫の名を名乗ってどうするつもりなのか少しでも情報がほしくてね」




確かに、できすぎている気もしなくはない。それに、紫姫の指輪ってなんだろう。カイルさんも知らないっていうし。

謎が多すぎる。




「リチリアのパーティーは情報交換の場でもあるからいろいろと聞き込みをしたいんだけど、毎年カイルは婿探しの標的になっちゃって、なかなかまともに話ができないんだ。だから、カノンが同伴して婿探しを避け、そしてその目で紫姫を見てきてほしいんだ。
本物なのかも含めて。恐らくパーティーに出席すると思うし」




……なんかよくわからないけど、責任重大だなぁ。

上手くいくのかな。



「……なんか俺の事を言ってるのか?」

「いんや、別に?カイル、ちょっとカノンの筋肉痛を和らげてくれない?」

「は?なんで俺が?」

「まだスパイがいないとも限らないから、用心しているだけだよ」

「……そんなに得意ではないがな。治癒系は」

「うん、わかってる。でも物腰柔らかに動けないと、ダンスってぎこちなく見えるじゃん?」

「……まあ、仕方ないか」





そう言うと、わたしはカイルさんに座るように言われたので、地べたにぺたんと座った。



「で、どこを治せばいいんだ?」

「……肩と足全体です」




肩は凝っててバキバキだし、足も棒のような感じで曲げられない。

まだ他にも筋肉痛っぽいところがあったけど、なんだか申し訳なく思えて控えた。



カイルさんはわたしの後ろに回ってしゃがむと、わたしの服の襟を退かして素肌に手を当てた。

少しひやっとした感触にビクッとする。



「動くな。気が散る」

「は、はい……」



こんなところ男の人に触られたことがないから落ち着かない。

わたしが内心そわそわとしていると、だんだんと触れられた両肩がじわりじわりと熱を持ち始めた。

だんだんと凝りが治まっていくのがよくわかる。

磁気の力みたいな感じ。



「次は足だな」



肩がすっかり良くなった頃、カイルさんは今度は足に手を当てた。


……なんだか恥ずかしい。


カイルさんは肩膝を上げて座って、顔を下に向けている。

普段下から見上げている人の頭を見るのは不思議な感じがした。

真剣な目付きでわたしの足を見つめるカイルさん。

長い睫毛がはっきりと見える。そして、くっきりとした顔のラインと喉仏。


……やっぱり男の人には免疫ないや。


じろじろと見つめてしまって、顔に熱がこもってきた。


……やっぱりこの人には魅力というか、人を魅了する力があるのかな。

この間お城でワインの飲んでいたときだって、他の二人よりもフェ、フェロモンみたいなものを感じてしまった。

少なからず、そういうのに今まで興味がなかったわたしが、あの時から『男』を意識しつつある。


……なんかイヤだな。仲良くしたいのに、男を意識しちゃったら恋する乙女じゃん。


まあ、恋を今までしてこなかったわけじゃない。でも、全部片思いで終わっている。

クラス替えがあったり、その人に好きな人がいたり。

いつも諦めるきっかけがあって、踏み込む前に恋が終わってしまった。


考えるよりまず行動なわたしだけど、恋に関しては臆病だった。いや、臆病だ。


そんなこんなで受験生になってしまったわたし。恋なんてする気はもう起きなかった。

勉強に燃えなければならなかった。


恋人がいる人もいなくはなかったけど、お互いに忙しくなって会えない日が増えてるっている事を、よく耳にしたな。


でも、ここで恋をしたっていつかは元の世界に戻るんだ。そうだ、戻るんだ。ここで会った人とはお別れなんだ。

魅力的な人はたくさんいるけど、別れが確定しているのだから、恋をしたところで無意味だ。







……でも、わたしはまだ、確実に、着実に、少しずつあの人にひかれていることを知らなかった─────







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