蒼の光 × 紫の翼【完】
「そうだ、名前つけなくちゃ。いつまでも龍じゃかわいそうだもんね」
『にゃー?』
龍は指を舐めるのをやめて、わたしの目を見て小首をかしげた。
……にゃは~。
わたしは目尻を下げてその様子を見ていた。
……今ぜったい見せられない顔してるな。
とわたしは思い直して表情を戻した。
「どうしようかなー……」
ティラノっぽい容姿してるし。
「ティノ……でいいかな?」
ただ単にラを抜いただけというなんともシンプルな名前。
我ながらコナーといいティノといい、センスがない。
『にゃにゃー!』
「あ、そう?気に入った?」
『にゃにゃにゃ!』
龍改めティノはわたしの右肩に飛び乗った。
そしてとぐろを巻く。どうやらそこを気に入ったようだ。
「ていうか、やっぱり紫なのね……」
わたしは紫とは切っても切れない縁で結ばれているらしい。
わたしはちょっぴり落胆したけど、かわいいから許しちゃう。
……さて、なんて説明しようか。
たまごから龍がかえりましたー……
って、そもそもみんなたまごの存在知らないし。それに龍は神聖な生き物だし。
みんな絶対驚くな。
そんな事を考えていると、キィ……と後ろにあるドアが開いた。
ど、どうしよう。ティノに気づいたら腰抜かしちゃうかも。
冷や汗をかいていると、声をかけられた。
「おい、いつまでここにいる気だ。さっさと出ろ。ドレスの新着をしないといけないんだからな」
振り返ると、カイルさんがいた。
「……はあ。なんでカイルさんがいるんですか?王子ってこんなにもふらふらと出歩いていいものなんですか?」
わたしがなんだ、と脱力して言うと、カイルさんはいかにもむっとした顔をした。
「アルバートに言われたんだ。時間になってもおまえが来ないから、迎えに行ってくれと。
場所はわかっていたからな」
「え、わかるんですか?」
「あいつはいつも風を飛ばして城の中を把握しているんだ。誰がどこにいるか、何をしているか。
しかし、最近外出が多いせいかスパイに気がつくのが遅くなったが」
「へえー。便利ですね」
「だが、それをしていいのはアルバートだけだ。他のやつらは許可されていない。それに、ある程度力がないと風を扱えないしな。
……こんなところで時間を使うつもりはない。さっさと出ろ」
「はい。でもその前に言っておきたいことがあるんです」
「なんだ?早くしろ」
カイルさんは少しイラついているようだけど、これだけは言っておかないと。それにカイルさんからは今の状況が見えていないらしいし。
わたしは肩に乗っているあるものを両手のひらに乗せると、おもむろにカイルさんを振り返った。
「……生まれました」
『にゃー!』
わたしがずいっとカイルさんに手を差し出すと、ティノはタイミングよくにゃーと鳴いた。
「……は?」
カイルさんは片眉をひくつかせてそう言葉を発した。カイルさんでもこんな顔するんだなーと呑気な事を考えていると、いきなりカイルさんに腕を掴まれた。
「さっさとここから出るぞ。とりあえずアルバートんとこに行って事情を聞く。そいつはポケットにでも突っ込んでおけ」
「へ?あ、は、はい」
わたしは一言ごめんね、と言ってから、ティノをポケットに突っ込んだ。
そして部屋から出てズンズンと歩き出す。
……それにしても、手を放してくれないかな。
思いのほかガッチリと掴まれている腕。
……どうしたというのだろう?
「あ、あのカイルさん?」
「なんだ」
呼び掛けると不機嫌な声がかえってきた。
「腕痛いです。それに周りの視線もいたいです!」
そう、腕だけでなく、周りの視線もいたい。
兵士に侍女。みんなカイルさんが通っているから横に避けてくれているけど、みんなわたしの腕を見ている。
……部屋から出る直前に慌てて片手で眼鏡をかけておいてよかった。
「我慢しろ」
「我慢って言われても……」
正直、大衆の前に出るのは苦手だ。
それに、こんなにもお城に人がいたとは思っていなかった。
今まで全然お城で人と会わなかっただけに、どういう表情をすればいいのかわからない。
笑ったら浮かれてるとか思われそうだし。無表情はもっとダメ。
だからわたしは、ただ困惑した表情しかできないでいた。
スパイがいるかもしれないのに……
カイルさんはある一室で立ち止まると、乱暴にドアを開けた。
そこには机に向かって何やら書類を読んでいるアルさんがいた。
「おかえりー、随分と早かったね……って、どうしたの?腕なんて掴んで。そんなことしてもカノンは逃げないよ?」
「アル、あれを出してくれ」
「あれ?」
カイルさんはアルさんにそう言い放った。
アルさんは意味がわからないらしく、怪訝そうな顔をしている。
わたしもあれがなんなのかわからない。
「紫姫についての唯一の絵だ」
「……あれは厳重保管中だよ?王にしか許可が降りない」
「つべこべ言わずに早く出せ」
「いや、だから無理だって……」
アルさんは首を縦に振らないでいたけど、わたしのポケットから顔を出したそれによって、表情を一変させた。
『にゃー』
ポケットの中が窮屈だったのだろうか、ティノは首を左右にぶるぶると振っている。
「……なーるほど。そりゃ大至急だね」
「頼むぞ」
「了解。あーもう、あんまりこういう強引なことはしたくないんだけどね」
アルさんは着崩した軍服の上着の裾を翻して、颯爽と出て行った。
あんなことを言っていたけど、顔はおもしろい、といった感じでニヤッとしていた。
「なんですか?あれって。絵なんですか?」
思いきって聞いてみた。
「……直にわかる。これでおまえの疑いは晴れた」
「え、わたしって疑われてたんですか?」
「どちらが偽物か、俺たちは少し疑っていたんだ。おまえには悪いと思っていたが、紫姫はこの世にひとりだ。おまえが偽物という確率はゼロではなかったんだが、そいつを見て確信した」
「わたしが本物だ、と?」
「ああ。今一度確認するために、アルバートにあれを頼んだ」
「あれ……」
だからあれってなんですか!
「あれには名前がないからな。誰もつけていない。どこの国にも複製したものがあるが、ここにあるのは元祖だと言われている。
そのため持ち出し厳禁だ。だが今は緊急事態だから特別に出す。
今からおまえが見るものは、唯一紫姫についてが形として残っているものだ」
「形として残っているもの……」
確か紫姫の言い伝えみたいな話では、文章とかはダメだって言っていたような気がする。
……内緒で作っちゃったのかな、あれを。
「おまたせー!」
そのとき、バンッとドアが開いてアルさんが快活に入って来た。
脇には何やら布らしきものを丸めて抱えている。それに手には白い手袋をしている。
「ねえ、これって僕だけ怒られるパターン?」
「いや、俺も怒られてやるよ」
「やったね!」
アルさんは満面の笑みでその布をそこにあった大きなテーブルにドンッと置いた。
……ちょっと乱暴すぎやしないかい?
「なんで手袋なんてしているんですか?」
「ああ、これ?重要なものだからね。手垢で汚れるのを防ぐんだ」
ああ!なるほど!なんでも○○団みたいな感じだ!
「ほらほら見てみて!」
アルさんが布を広げて声を発したけれど、わたしはその言葉に反応できないくらいその絵に見いってしまった。
その、壮大かつ大胆で美しい絵に……