蒼の光 × 紫の翼【完】
「どうしてほしい?ちゃんと誘った方がいいか?」
「どういう意味ですか?」
「こう言うことだよ」
実はなんとなくわかってはいたけど、緊張してそんなことを言ってしまった。
カイルさんは腰を曲げて顔を下げると、わたしの手を取って軽くキスを落とした。
「一曲いかがですか?お嬢さん」
わたしは頭の中が真っ白になったけど、顔は熱を持って赤く染まった。
カイルさんはそう言ってわたしの目を流し目で覗きこんだ。
いつものわたしなら、お嬢さんなんて!と茶化していただろう。
しかし、このときのカイルさんの瞳が意外にも真剣だったから、茶化す言葉は喉の奥底から引っ込んでしまった。
わたしは笑顔で大きく頷いた。
「はい、喜んで」
わたしは空いている手でドレスの裾を摘まみ、膝を軽く折って会釈した。
カイルさんはわたしが顔をあげるのを合図に、手を広げた。
わたしはその手のひらに軽く手を重ねた……つもりだった。
なんと、カイルさんは重ねるどころかわたしの手を握ってきたので驚いた。
……まるで、逃がさんとばかりに。
そして、カイルさんはわたしの腰に腕を回して、ダンスホールへと引き連れた。
自然とわたしたちの周りのスペースが開かれるダンスホール。
その空間に足を踏み入れた瞬間、わたしたちはふたりきりになった。
辺りは暗く誰もいない。頭上からはスポットライトが照らし出されているような幻覚。
わたしたちはオーケストラの曲に合わせて踊り始めた。
リズムに合わせてステップを踏む。しなやかに、柔らかく大胆に。
わたしの青いドレスが翻る。
わたしは下げぎみだった視線を上へと上げると、カイルさんの透き通った青い瞳とぶつかった。
真剣な瞳をした彼。だけれど、口には微笑をたたえ緊張を感じさせない。いや、そもそも感じていないのかもしれない。
わたしは自分だけが緊張しているのかと思うと、突然踏ん切りができた。
わたしはひとりで踊っているんじゃない、彼と踊っているのだ。
そう思うと、わたしの足が急に軽くなった。
さっきとはまるで違う身体の自由さ。
彼に見せつけるために、ステップの勢いでくるりと回ってみせた。
少し目を丸くした彼。
してやったり、と微笑んでいると、彼が意地悪そうに口角をニヤリと上げた。
わたしが怪訝に思うと、あろうことか、曲のフィナーレ直前にわたしは真上に投げられた。
そのまま空中で一回転する。
そのとき、わたしの帽子がふわりと宙に舞った。重力に逆らえず、だんだんと落ちていく。まさにスローモーションだ。
ティノが……!と思ったけれど、当の本人はわたしの頭の上にはいなかった。
しかし、わたしは平然を装う。焦りは見せてはいけない。気高く、上品に……これはナリアさんからの受け売りだ。
彼はわたしを上手く受け止めてふわりと着地させると、舞い降りてきた帽子を手で捉えて元に頭に乗せてくれた。
そこでオーケストラの曲は終わった。ダンスも終わった。
すると、終わると同時に割れんばかりに拍手が響き渡った。
そこでハッと気がついたわたし。周りを見渡すと、ダンスホールにはわたしたち二人しかいなかった。
拍手喝采。みなさんのきらきらとした笑顔。
それを見て気が緩んだのか、わたしは膝から力が抜けて崩れ落ちた。
しかし、そんなわたしをカイルさんが抱き止め、横抱きにされた。
俗に言う、お姫様抱っこ。
わたしは周りの視線が気になって少しもがいた。
「カ、カイルさん……おろしてください」
「ダメだ」
「は、恥ずかしいんですけど……」
「どうせおろしたところで、また倒れるのがオチだ」
わたしはカイルさんにぴしゃりとそう言われ言い返せなくなり、おとなしく抱かれた。
ゆらゆらと揺れる身体。それと広い胸。カイルさんと乗馬したときのことをふと思い出した。
あのときはこの方が暖かいって言って、離れるのを許してくれなかった。
でも今は、その暖かさが逆に心地いい。
わたしはさっきセレスさんと座っていた椅子へと下ろされた。
「靴を脱げ。疲れているだろうからな」
「え、でも……はしたないですよそんなことしたら」
「やらないなら俺が脱がす」
カイルさんはそう言うや否や、わたしから履き慣れない靴をするっと両方とも脱がせてしまった。
「ああっ……」
わたしは予想以上の足の解放感に思わず声を漏らした。
「うっわ!軽いです」
「今飲み物を頼んで来てやる」
「あっ……ありがとうございます」
カイルさんはメイドさんに声をかけに行った。
またオーケストラの曲が流れ始めた。今度はほとんど全員参加みたいな感じで、会場全体がダンスホールみたいになっている。
メイドさんやウェイターさんまでもが踊っているのがちらちらと見える。多分恋人同士なのだろう。
みんなわたしたちに集(たか)ったりはしなかった。踊りたくなってしまったのだろう。
けれど、わたしは誰かに見られているような感じを受けた。鋭い視線。わたしを射ぬかんばかりの鋭さ。
わたしは何気なく辺りを窺うが、とくに誰とも目が合わない。
そのうちに、カイルさんがジュースを2つ持って戻って来た。わたしの隣に座る。
「ほらよ」
「ありがとうございます……」
「どうした?さっききょろきょろとしていたが」
「いえ……なんだか見られているような感じがして」
「そんなの当たり前だろ?注目の的だったんだからな」
「そう、ですね」
わたしはまだ腑に落ちなかったけれど、疲れが急に襲ってきて、ジュースをあっという間に飲み干してしまった。
「ははは……いい飲みっぷりだな」
「なんだか、喉が渇いてしまって」
「俺のも飲むか?それを見越してジュースを持って来たとも言えるんだが」
「そうなんですか?ではお言葉に甘えます」
カイルさんからジュースを受け取って、今度はちびちびと飲んだ。さっきはイッキ飲みしてしまったけど、なんだかもったいない気がしたからだ。
わたしたちはダンスがお開きになるまで、ずっと椅子に座っていた……