蒼の光 × 紫の翼【完】
紫族の始まりは、ひとりの少女から始まった。
ごく普通階級の家庭に産まれた次女。
両親は共に黒い瞳であった。長女、長男と産み、彼女は三番目の子供だった。
しかし、彼女は誰とも似ず、誰とも違った。
家族はみな金髪に黒い瞳。彼女は黒髪に紫色の瞳をしていた。そして、顔立ちも似ていなかった。
そのことで家族は揉めた。父親は母親を疑い、姉は罵り、兄は彼女の存在そのものを受け入れなかった。
それでも、彼女は気高く生きていた。仕事や家事は率先して取り組み、学校に行かずひたすら手伝った。
そのうち、彼女の姿勢に心を打たれ、家族はまとまりつつあった。
月日は流れ、弟が産まれた。
弟は彼女を慕った。家族として、姉として。
そのうち、弟は勉強に励むようになった。
自分が偉くなれば、姉はきっとみんなに認めてもらえる。
そのみんなとは、近辺に住んでいる人々、そして、この世界の人々。
彼女はそんな弟を誇りに思い、妬み始めた。
秀才な弟。なんでも手に入る弟。
嬉しいという感情の裏には、黒い感情が渦巻き始めていた。
さらに月日は流れ、彼女は少女から女性になった。弟も、青年になった。
才能を開花していく弟。そんな弟に意地悪をしたくなった彼女は、弟に山に登って薬草を採って来てほしいと言った。
その薬草は山の頂上にしか群生しないが、万能薬として知られていた。
実は、家で飼っていた馬が一頭病気にかかってしまったのだ。
苦しそうな馬をもうこれ以上は見ていられなくなった彼女は、弟が昔その薬草のことを話していたことを思い出した。
姉は馬から離れられないから、僕が行くしかない。
弟は朝早くにこっそり家から出て山を登り始めた。
姉には内緒で採り、驚かせたかったのだ。そして、喜んだ顔が見たかった。
姉は叩き起こされた。なぜなら、家に弟がいないと家族が騒ぎ始め、疑問の矛先が彼女に向いたからだ。
彼女の兄が薬草を採るように弟に彼女が言っていたのを、ちらりと見ていたのだ。
黙って出ていってしまった弟。どの山に行ったのかもわからず、家族は探しに行けずにただ待つしかなかった。
昼を過ぎ、夜になった。
弟は帰って来ない。
神経のどこかが堪えきれなくなったのか、家族は彼女を責め立て、罵り、暴力をふるった。
彼女もそれに堪えきれなくなって、厩に逃げ病気の馬のそばに寄り添った。
優しくて強かった弟。わたしよりも有能な将来が待っていた弟。
わたしはなんて言うことをしてしまったんだ……
いくら妬んでいたとは言え、山の天気は変わりやすいということを知っていたのに一緒に行こうと言わなかった。ひとりで山に登るのは危険過ぎるのに……
彼女が途方に暮れていると、馬が鼻をすり寄せて来た。
彼女が撫でてあげると、馬は彼女の目を見据えた。そして、ブルル……と鳴いた。
しかし、彼女にはその他にも声を聞いた。
『あなたは、悔いているか』
と。
彼女には最初からわかった。その声はこの馬から聞こえたのだと。
彼女は言った。
『もちろん、悔いています』
『ならば、彼を使いなさい。弟の元へと連れて行ってくれるだろう』
馬がそう言うと、一匹の馬が厩の入り口に立っていた。しかし、その馬は普通ではなかった。純白の翼をその背に持つ白馬。
青い瞳が彼女を見据える。
『しかし、彼に乗れば二度と戻っては来られない。あなたはそのような運命(さだめ)にある』
『……それでわたしの罪が償えるのであれば、甘んじて受けましょう』
彼女は彼の背に飛び乗り、馬を振り返った。しかし、先ほどまで生きていた屍しかその紫の瞳には映らなかった。
『いってきます。そしてさようなら。わたしの故郷よ、友よ』
彼女は満点の月夜に飛び立ち、弟の元へとひたすら飛んだ。
そして、とうとう彼女は弟を見つけた。
しかし、見つけたのは弟だけではなかった。弟の前にひれ伏すようにして群がる人々。老若男女問わず、大勢の人がいた。
彼女は彼の背から飛び降り、弟に近づいた。
弟は彼女を見た。しかし、彼女は絶句した。
なぜなら、弟の瞳は片方だけが紫色だったからだ。
なぜ、弟までもが……
困惑している彼女に、弟は語った。
この人たちは、姉と同じく異端の者。迫害され、翼を持つ白馬によってここに集められた。
彼ら自身は自らを紫族と呼んでいる。そして、怯えた彼らによって刺された僕は、一度死んだ。けれど、生き返った。
片方だけが紫色に変わって。
彼女は信じられないようなその話に耳を疑った。しかし、弟の片目が真実を物語っていた。
弟は彼女に馬のことを聞いた。
彼女は首を横に振った。そこで初めて、友を
失ったという悲しみで彼女は泣いた。
そんな彼女を静かに見守る弟。そして、決心した。
『いつか、この世界を変えよう』
世界の何を変えるのかは言ってくれなかったが、彼女はそれに従った。
そして、全ての記憶を消されて異世界へと転送された。
異世界で命からがら生きた彼女。しかし、術が完全ではなかったのか、徐々に過去を思い出した。
……わたしは、ここでこんなことをしているわけにはいかない。
彼女はただ願った。元の世界に帰りたい。
そして、自分が主に拾われた日付、つまり彼女の偽りの誕生日の前夜に、彼女はその願いを果たした。
再び戻った彼女。しかし、その世界は彼女の知っている世界ではなかった。
月日がかなり経っていたのだ。弟はもういないだろう。
彼女は途方に暮れたが、新しい主によってまた新しい生活を始めた。
彼女こそが、初代紫姫である。